良一は顔を輝かせた。
「泳ぎたい!」
「そうくると思った。道具、自転車に積んできちょっけん、取ってこよう。着替えるなら、おれの体操服あるけど」

「いや、今日の服は、このままで大丈夫。こういうこともあろうかと思って、いくらでも替えのきくリーズナブルな値段のやつ、着てきたから」
「よし、じゃあ、良ちゃんが普段着のままで海に飛び込むとこ、動画で撮ってやるけん。これが島での普通やった、水着なんか誰も着らんぞって」
「それ、最高!」

 良一と和弘は防波堤を駆けていく。明日実も二人を追い掛けた。
 あたしは波間を見下ろした。朝よりもずっと潮が引いている。防波堤から海面までの高さは、三メートルほど。最大限に潮が引いているときでも、海底までの深さは十分にあるから、あたしたちが海に入るときはいつも、階段を使わず、飛び込んでいた。

 和弘がさっき、潮があまりよくないと言っていたから、まだもう少し、引き潮が続くんだろう。サザエ採りをするなら、干潮から少しずつ満ち始めるころがいちばんいい。

 わーわー大声を上げながら、三人がいろんな道具を手に、戻ってくる。水中眼鏡と足ヒレと、獲物を入れる網が二つと、網を引っ掛けるためのウキが二つ。
 良一はハットを自転車のカゴに置いてきたらしい。和弘は無造作に、ウキを海に投げ込んだ。
 明日実が当然のように、あたしに水中眼鏡を掲げてみせた。

「結羽も泳ぐやろ?」
「は? あたしも?」
「サザエ、今日の晩ごはんのために、採っていったらよか。それに、泳いだらスッキリするたい」
「遠慮しとく」
「本土に住んじょったら、めったに泳ぐチャンスもなかろ? 泳ごうよ」
「やだ」

 良一と和弘は素早かった。スマホや財布をポケットから出して、良一のバッグに放り込む。二人とも、腰の紐をキュッと締めるタイプの、ベルトなしで位置を固定できる綿パンを履いていた。泳ぐこと前提のチョイスだったというわけ。

 靴とソックスを脱ぎ捨てた良一は、軽くアキレス腱を伸ばして、膝の屈伸運動をして、和弘を振り返った。和弘はカメラを構えている。
「OK、良ちゃん。飛び込んでよかよ」
「じゃあ、行ってきまーす!」

 良一は、はだしに触れるコンクリートの温度に「あちぃ!」と笑いながら、軽く助走をつけて、思いっ切り跳んだ。
 明るい笑い声が空中に尾を引く。良一は、青空を背景にした光の中から、きらめく水しぶきを上げて、海の中へと飛び込んだ。

 ほんの一秒、二秒で、良一は海面に顔を出した。
「けっこう冷てー! 気持ちいい!」