あたしの不機嫌と夏井先生のおしゃべりを載せて、車は走る。
このあたりの島は全部、海から急に生え立ったような、けわしい地形をしている。人が住んでいるのは、だいたい、海のそばのわずかな平地だ。
港のそばのアーケードを離れると、がたついた県道は小さな山に入る。山を越えるまで、人家はない。ときどき自動販売機があるだけだ。
山を二つ越えたら、岡浦《おかうら》という集落だ。岡浦のちっぽけな船着き場から一キロほどの沖合に、島が見えている。フロントガラス越しにそっちを指差して、夏井先生はあたしに言った。
「なつかしかでしょ?」
「そうですね」
あの島が、小近島だ。あたしが小学五年生、六年生のころに住んでいた島。今回の旅の目的の場所。
本土から小近島に直接渡る船はない。いったん大近島まで渡って、さらに船を乗り継ぐ必要がある。二次離島、と呼ぶらしい。
夏井先生の住む教員住宅は、岡浦小学校を通り過ぎたら、すぐの場所にあった。夏井先生が家の横の砂利道に車を停めると、大きな窓のすだれが巻き上げられて、がたがたと網戸が開けられた。
ざっくりしたワンピース姿の女の人が、家の中から姿を現した。夏井先生の奥さん、里穂さんだ。里穂さんは、気さくな笑顔をあたしに向ける。
「いらっしゃーい、結羽ちゃん! わぁ、ますます高橋先生に似てきたね! あ、でも、目と口の形は松本先生やね」
あたしの両親が出会ったのは、小さな島の小さな小学校の職員室。夏井先生と里穂さんは母の教え子だけど、同じ小学校に勤めていた父のことも、当然よく知っている。
車を降りたあたしは、荷物を持ってギターを背負って、里穂さんに頭を下げた。
「お世話になります」
「遠慮せんで、よかとよ! 楽しみにしちょったと。どうぞ、ここから上がって」
ここ、というのは窓だ。玄関に回らなくていいらしい。夏井先生が窓から家に上がったから、あたしもそれに従った。小近島に住んでいたころは、うちもこんなふうだった。
日に焼けてすり切れた畳を踏むと、知らない家の匂いがするのに、何だかひどくなつかしい。その理由に、すぐ思い当たる。
「あ、同じだ」
家の造りが、同じ。小近島の真節小の教員住宅、つまり、昔あたしが住んでいた家と、この家は同じ構造をしている。平屋建てで、二部屋続きの六畳間があって、広めの台所と、その隣の四畳半、古めかしい風呂場、半水洗のトイレがある。
このあたりの島は全部、海から急に生え立ったような、けわしい地形をしている。人が住んでいるのは、だいたい、海のそばのわずかな平地だ。
港のそばのアーケードを離れると、がたついた県道は小さな山に入る。山を越えるまで、人家はない。ときどき自動販売機があるだけだ。
山を二つ越えたら、岡浦《おかうら》という集落だ。岡浦のちっぽけな船着き場から一キロほどの沖合に、島が見えている。フロントガラス越しにそっちを指差して、夏井先生はあたしに言った。
「なつかしかでしょ?」
「そうですね」
あの島が、小近島だ。あたしが小学五年生、六年生のころに住んでいた島。今回の旅の目的の場所。
本土から小近島に直接渡る船はない。いったん大近島まで渡って、さらに船を乗り継ぐ必要がある。二次離島、と呼ぶらしい。
夏井先生の住む教員住宅は、岡浦小学校を通り過ぎたら、すぐの場所にあった。夏井先生が家の横の砂利道に車を停めると、大きな窓のすだれが巻き上げられて、がたがたと網戸が開けられた。
ざっくりしたワンピース姿の女の人が、家の中から姿を現した。夏井先生の奥さん、里穂さんだ。里穂さんは、気さくな笑顔をあたしに向ける。
「いらっしゃーい、結羽ちゃん! わぁ、ますます高橋先生に似てきたね! あ、でも、目と口の形は松本先生やね」
あたしの両親が出会ったのは、小さな島の小さな小学校の職員室。夏井先生と里穂さんは母の教え子だけど、同じ小学校に勤めていた父のことも、当然よく知っている。
車を降りたあたしは、荷物を持ってギターを背負って、里穂さんに頭を下げた。
「お世話になります」
「遠慮せんで、よかとよ! 楽しみにしちょったと。どうぞ、ここから上がって」
ここ、というのは窓だ。玄関に回らなくていいらしい。夏井先生が窓から家に上がったから、あたしもそれに従った。小近島に住んでいたころは、うちもこんなふうだった。
日に焼けてすり切れた畳を踏むと、知らない家の匂いがするのに、何だかひどくなつかしい。その理由に、すぐ思い当たる。
「あ、同じだ」
家の造りが、同じ。小近島の真節小の教員住宅、つまり、昔あたしが住んでいた家と、この家は同じ構造をしている。平屋建てで、二部屋続きの六畳間があって、広めの台所と、その隣の四畳半、古めかしい風呂場、半水洗のトイレがある。