夏井先生の軽自動車は白い旧式で、ドアの付け根に茶色いさびが見えていた。昔、母が乗っていた中古車も、同じように、白くて小さくて、少しさびていた。
 あたしは後部座席にギターと荷物を載せて、助手席に乗り込んだ。港から夏井先生の家まで、車で二十分ほどかかるらしい。

「クーラーにする? 窓ば開ける?」
「窓、開けます」

 白い潮がこびりついた窓を押し下げると、風がビュビュンと耳元でうなった。
 車が発進する。どこか甘くて生ぐさい島の空気が、窓から流れ込んでくる。
 港のそばのアーケードは、記憶していたとおりだった。ほとんど変わっていない。昔から、こぢんまりとした街並みだった。島の潮風は、ものを早く風化させるから、建物も車も、古いおもちゃみたいに、ちっちゃくてくすんだ印象だ。

 フロントガラス越しの日差しが、じりじりと、あたしの肌を焼く。日光に当たるのは、本土に引っ越してから、極端に苦手になった。すぐに肌がひりひりしてくる。日が沈んで、夜の中で一人になると、ホッとする。
 夏井先生は運転しながら、のんびりと大きな声を出して、取り留めもない話をした。

「ぼくが小学校の先生になったとは、結羽ちゃんのおかあさんの影響やもんね。四年生から六年生まで、ほんとにお世話になったけん」

 その話は結婚式のときにも聞いた。あたしが生まれる前の話なんかされても、リアクションのしようがない。あたしは適当に「はい」「そうですか」と応えておく。

 あたしはおしゃべりが下手で、それはなぜかといえば、質問をしないからだ。他人に対しての興味が薄くて、お愛想を言うこともできなくて、そしたら、相手の話を引き出すための質問なんて、できるはずもなくて。
 学校生活がうまくいかないのは何が問題なのか、わかっているのに、あたしは、解決しようと努力をしない。努力する価値がないと思ってしまう。いらないんだ、全部。上手に周囲に溶け込むための努力なんて。努力しなきゃ手に入らない「ふつう」なんて。