☆.。.:*・゜
校庭に重機が乗り入れると、かろうじて薄く残っていた砂が舞い上がった。巨大なペンチみたいなものをくっつけた、キャタピラを履いたあの機械は、何ていう名前なんだろう?
大きな建物が壊される現場を見たことがある。あれは小学生のころ、秋のスケッチ大会で。数人ずつの班に分かれて、大近島の商店街を題材に、絵を描いた。あたしの班に割り振られた題材は、港のそばにあった古いホテルの解体作業の様子だった。
あの巨大なペンチが、建物の分厚い壁に噛み付くんだ。メキメキと凄まじい音を立てて、コンクリートも鉄骨も千切り取られていく。埃がもうもうと飛ぶ。瓦礫がバラバラとこぼれる。建物は、少しずつ、少しずつ、うつろになっていく。
作業服の人々は校庭の隅にいて、トラックの荷台から三角コーンや看板を降ろしていた。看板は校門のほうへと運ばれる。真節小が敷地ごと立ち入り禁止になるための準備が、素早く進められていく。
時刻は九時四十分を回っている。校庭には、いつの間にか、五十人ほどの人が集まっていた。真節小の卒業生たちだ。中心にいるのは明日実と和弘の伯父さんで、市役所に勤めている。
明日実は、伯父さんに手招きされて、大人たちの輪のほうへ走っていった。伯父さんと明日実は、それから、トラックのそばへと小走りで向かった。作業服の人々に一言、挨拶をするためらしい。
カメラは相変わらず、和弘の手にある。和弘はゆっくりと、校舎を、校庭を、重機を、集まった人々を、そして、あたしと良一を撮った。大人たちはしゃべっている。あたしたちは黙っている。
やがて、明日実と伯父さんが戻ってきた。ああ、始まるんだ、と思った。お別れの時が、本当に始まる。
明日実はみんなのほうを向いて、声を張り上げた。
「もうすぐ真節小の校舎ともお別れです! 今日、これから、解体作業が始まります! こんなに近くで真節小ば見られるとは、今、この時間が最後になります!」
その一言だけで、校庭のあちこちから涙の気配が立ち上った。
明日実の伯父さんが、三十数年前に卒業した母校へ向けて、大声で感謝の言葉を述べた。明日実たちのいとこで、島いちばんの秀才である現役医大生が、泣きながら母校に語り掛けた。
似た場面があったな、と思い出す。四年前の春、閉校式のときだ。真節小の思い出を、手紙みたいな作文にして、真節小に宛てて読んだ。
正直言って、あのときは、ちょっと現実感がなかった。校舎はまだ残るんでしょ、って。どっちにしたってあたしたちは卒業してここに通わなくなるんだし、って。
やっとだ。今になって、やっと、あたしたちが大きなものをなくしてしまったんだという事実が、胸にぐさぐさ突き刺さってくる。
たくさんの思い出に彩られた、大好きだった小学校が、名前をなくした。未来をなくした。そして、これから、姿さえなくしてしまう。
卒業生代表の挨拶を二つ呑み込んで、校舎は沈黙している。あと一分で、午前十時。工事が始まる時刻だ。
校庭に重機が乗り入れると、かろうじて薄く残っていた砂が舞い上がった。巨大なペンチみたいなものをくっつけた、キャタピラを履いたあの機械は、何ていう名前なんだろう?
大きな建物が壊される現場を見たことがある。あれは小学生のころ、秋のスケッチ大会で。数人ずつの班に分かれて、大近島の商店街を題材に、絵を描いた。あたしの班に割り振られた題材は、港のそばにあった古いホテルの解体作業の様子だった。
あの巨大なペンチが、建物の分厚い壁に噛み付くんだ。メキメキと凄まじい音を立てて、コンクリートも鉄骨も千切り取られていく。埃がもうもうと飛ぶ。瓦礫がバラバラとこぼれる。建物は、少しずつ、少しずつ、うつろになっていく。
作業服の人々は校庭の隅にいて、トラックの荷台から三角コーンや看板を降ろしていた。看板は校門のほうへと運ばれる。真節小が敷地ごと立ち入り禁止になるための準備が、素早く進められていく。
時刻は九時四十分を回っている。校庭には、いつの間にか、五十人ほどの人が集まっていた。真節小の卒業生たちだ。中心にいるのは明日実と和弘の伯父さんで、市役所に勤めている。
明日実は、伯父さんに手招きされて、大人たちの輪のほうへ走っていった。伯父さんと明日実は、それから、トラックのそばへと小走りで向かった。作業服の人々に一言、挨拶をするためらしい。
カメラは相変わらず、和弘の手にある。和弘はゆっくりと、校舎を、校庭を、重機を、集まった人々を、そして、あたしと良一を撮った。大人たちはしゃべっている。あたしたちは黙っている。
やがて、明日実と伯父さんが戻ってきた。ああ、始まるんだ、と思った。お別れの時が、本当に始まる。
明日実はみんなのほうを向いて、声を張り上げた。
「もうすぐ真節小の校舎ともお別れです! 今日、これから、解体作業が始まります! こんなに近くで真節小ば見られるとは、今、この時間が最後になります!」
その一言だけで、校庭のあちこちから涙の気配が立ち上った。
明日実の伯父さんが、三十数年前に卒業した母校へ向けて、大声で感謝の言葉を述べた。明日実たちのいとこで、島いちばんの秀才である現役医大生が、泣きながら母校に語り掛けた。
似た場面があったな、と思い出す。四年前の春、閉校式のときだ。真節小の思い出を、手紙みたいな作文にして、真節小に宛てて読んだ。
正直言って、あのときは、ちょっと現実感がなかった。校舎はまだ残るんでしょ、って。どっちにしたってあたしたちは卒業してここに通わなくなるんだし、って。
やっとだ。今になって、やっと、あたしたちが大きなものをなくしてしまったんだという事実が、胸にぐさぐさ突き刺さってくる。
たくさんの思い出に彩られた、大好きだった小学校が、名前をなくした。未来をなくした。そして、これから、姿さえなくしてしまう。
卒業生代表の挨拶を二つ呑み込んで、校舎は沈黙している。あと一分で、午前十時。工事が始まる時刻だ。