階段の脇をかすめて過ぎて、理科室の真上は図工室だ。熱がこもった部屋を、良一が見渡す。
「特別教室って広いよな。ここをおれたちだけで使ってたんだ。描きかけの絵や作りかけの作品も、ほかのクラスに気兼ねする必要がないから、図工室に置きっぱなしにしてたよな」

 良一は、広い広いと歌うように言って、腕を広げて、クルリクルリと回ってみせた。その瞬間、古い図工室がステージに化けた。視線が、ハッと、良一へ惹き付けられる。
 舞っているように見えた。ごく何気ない、ただクルリと回ってみせるだけの動作が、あまりにも美しくて。

 埃がうっすらと、幾重もの幕を引いている。そこに差し込む夏の光が、直線から成る幾何学模様を描いている。偶然が生み出したその舞台装置の真ん中で、良一は、翼を広げるように腕を広げて、静かに微笑んで、舞っている。

 見えない翼を、あたしだけじゃなく、明日実も感じたみたいだ。
「模造紙ばつなげて、全身の形ばなぞり書きして、そればベースにして自分の理想の姿ば描くっていう授業が、五年生のとき、あったね。良ちゃんは、自分の背中に翼ば描いた。あの絵、よく覚えちょっと。良ちゃん、きれいやなって」

「空、飛んでみたかったんだ。死んだら天使になるとか、そういうんじゃなくて、ただ純粋に、自由に空を飛ぶための翼がほしかった。今は、あのころ憧れてた飛び方っていうものが、少しわかったよ」
「飛び方がわかった?」

 良一は両腕を広げてゆったりと羽ばたく。
「イマジネーション。空想して、表現する。自分の中にあるものを、ほかの誰かにも見える形にする。モデルの仕事をいただいて、表現活動の世界の片隅にいられるようになって。そしたら、あ、今、おれ飛んでるなって思える瞬間に、ときどき出会えるんだ」

 今、飛んでる。
 わかるよ。自分が飛ぶ瞬間も、良一が確かに今、飛んでいるということも。だって、あたしも飛びたいし、ときどき飛べるし、ずっと飛んでいたいと望んでいるから。

 良一は、両腕に託したイマジネーションの翼をたたんだ。すたすたと、そっけなく歩いて、こっちの世界に戻ってくる。
「次、行こっか」
 軽く汗を拭いながら良一が言った瞬間、図工室は、ただの古ぼけた空っぽの部屋になった。

 図工室を出て、十一段と十三段の階段を上る。あたしはやっぱり、十三階段を避けてしまった。それを目撃した和弘がニヤッとする。
「学校の怪談」
「うるさい」