良一の足音が止まった。あたしは反射的に振り返りそうになって、だけど、前を見て歩いた。良一の声が追いすがってきた。
「真節小のころ、結羽はおれの憧れだったよ。明るくて、ハキハキして、思いやりがあって、誰にも染まらない。カッコよくて強くて、頼れる存在だった」

 あたしはひそかに安堵した。小学生のあたしは、ちゃんと、理想とする人物像を演じられていたんだ。
「昔は昔、今は今。あたしは変わったの。いや、こっちが本性だったんだと思う。昔は上手に、いい子のふりをしていられたけどね」

「どうしてそんな投げやりなことばっかり言うんだ?」
「あたしは、会いたくなかった。誰にも」
「おれは、会えてよかったよ」

 声だけじゃなく、良一自身があたしに追いすがってきた。良一は、あたしの斜め前まで進み出ると、あたしの顔をのぞき込むように、後ろ向きになって歩いた。

「結羽、何があったんだよ? 中学に入ってから音信不通になって、家に電話かけても出てくれないし、教頭先生にも訊きづらいし、動画のコメントも返してくれないし。でも、こうやって再会できたんだ。話をしたいよ」
「余計なお節介。あたしは何も話したくない」
「……ごめん」
 吐き捨てたあたしに、良一はうつむいた。

「傷付きたくないなら、かまわないで。傷付く覚悟もないくせに」
「覚悟、か」
「あんたがいろいろ頑張ってるのは、あたしもネットとか見て知ってる。表現活動そのものだけじゃなくて、愛されキャラって言われてて。でも、そういうやり方、あたしにまで押し付けるな」

 良一が顔を上げて、無理やりみたいに笑った。
「おれのこと、見てくれてるんだ? ありがとう」
 感謝を習慣にしたい、ありがとうを口癖にしたいと、インタビューで良一は答えていた。無理やりにでも「ありがとう」と言うのは、仕事だ。あたしの前でもそれをやるのか。

「あんただって変わった。昔はもっと純粋だった」
 良一は笑顔を上手につくろって、完璧な仮面を作り上げた。
「純粋なだけじゃいられないよ。こうやって笑顔を保つことも、練習しなければ身に付かない。新人とはいえ、おれはプロとして仕事してるんだ」

 プロとして仕事。その一言が胸に刺さる。
「あたしも早く自立したい。プロって呼ばれるようになりたい」
 高校を卒業するまでに、足がかりだけでも見付けておきたい。

「やっぱりプロのミュージシャンになりたいの?」
「なりたい」
「なれるよ、結羽なら」

 低い声が柔らかく響いた。反射的にイラッとした。