ダークブルーの空がわずかに白く緩み始めたころ、小近島のほうから漁船のエンジン音が聞こえてきた。その音を合図にしたように、良一が身じろぎした。うっ、と、かすかにうめく。

 一瞬、あたしは、びくっとしてしまった。良一の声がひどく男っぽかったせいだ。
 良一は、男っぽい感じのままで長い息をつきながら、背中を丸めがちに起き上がった。

「おはよ、結羽」
「うん」
「今、朝五時くらいだろ? あのエンジン音、明日実のとこの船だ。小六のころに、あれに明日実が乗ってるって知って以来、あのエンジン音が聞こえる時間帯には勝手に目が覚めるようになった」

 良一は小近島のほうへ、眼鏡の目を向けた。船影は見えない。
 同級生の明日実の家は小近島の網の元締めだ。毎朝あんなふうに、定置網とタコツボ、クルマエビの養殖場を見回るのが一日の最初の仕事らしい。明日実は小学四年生のころから、父親の見回りを手伝っている。一つ年下の弟、和弘も一緒に。

 そろそろ夜明けだ。夜が、あたしの時間が、終わってしまう。
 あたしはギターをケースにしまった。立ち上がろうかと思ったけれど、脚が痺れている。あたしは引っくり返って、腰をそらした。見上げる空は、闇が淡くなって、天の川が朝の光に呑まれかけている。

 良一が、いまだに聞き慣れない声で、あたしの名前を呼んだ。
「結羽」
 あたしが応えずにいると、良一は再び、結羽と呼んだ。

「何?」
「結羽、あのさ……そういう格好」
「脚が痺れた。腰が疲れた。眠らなくても平気だけど、たまに寝転ばないと、体がきつい」
「そういう無防備な格好、しないでくれる?」
「は?」
「ヤバいんだけど。普通にエロいよ。おれも寝起きで、ちょっと、何ていうか……心身ともに、昼間のちゃんとした状態じゃないから」

 怒りが沸いた。気持ち悪いとも思った。
「何くだらないこと言ってんの? 海に蹴落としてやろうか? 泳げば頭冷えるんじゃない?」

 あたしは起き上がって、立ち上がった。まだ脚の痺れは消えていなくて、ゆっくりしか歩けない。ギターが重い。
 良一は、隣には並ばなかった。数歩ぶん遅れてついて来る。