「……ねえ、結羽」
 シャカシャカと適当なストロークを続けるあたしに、良一が声を掛けた。けっこうしばらく歌い続けた後だった。

「何?」
「おれが隣にいて、ドキドキしないの?」
「は?」

 意味不明なせりふに、思わず手を止める。良一のほうを向いたら、眼鏡越しの目は笑っていなかった。前髪が無造作に流れて額を隠していて、昼間とは印象が違う。人前に出るときはセットしていたんだな、と気付く。
 良一は質問を繰り返した。

「今、ドキドキしてないの?」
「何で?」
「何でって」
「平然とされてたら、イケメンモデルのプライドが許さない?」
「その言い方はないだろ」

 良一はうつむいた。長いまつげの先端が眼鏡のレンズに触れそうだ。
「目、悪いんだ?」
「昼間はコンタクト。仕事のとき、やっぱり眼鏡じゃ不便だから」

 動きを止めてしまった指先が、早速、うずうずし始める。弾いてなきゃダメだ。あたしは、昼間ショッピングモールの有線放送で流れていたロックバラード、星が終わる瞬間の明るい輝きをいとおしむ唄を、両手の指に歌わせる。

 もともと、あたしの指は動きたがりだ。小学生のころは、授業中の「手まぜ」を注意されていた。つねにノートの上に字を書いていればいいと気付いてからは、注意されなくなった。先生の話を聞き書きする癖をつけたから、成績も上のほうで保っている。

 ギターの静かな音色をBGMに、良一は言った。
「モデルとか関係なしで、一般論だよ。十六歳の男子と女子が二人きりでいたら、普通はドキドキするだろ?」
「別にドキドキしない。あたしは普通じゃないし」

 答えるあたしが微妙にゆっくりな口調になったのは、ロックバラードのリズムのせい。音程こそ付けないけど、演奏の呼吸とコードを無視したしゃべりは、あたしにはできない。
 良一はうつむいたままだった。あたしは空を見上げた。満天の星。島の外では見ることのできない、闇と光のシアター。この空に、ずっと会いたかった。

「結羽、おれは、ドキドキしてるよ」
「あっそう」
「クールだな。こっち向いてもくれないしさ。おれがここにいてもいなくても、結羽にとってはどうでもいい?」
「そうだね。あたしは、ギターを弾きたくてここに来たんだし」