良一が立っていた。
 闇に慣れた目に、白いシャツがまぶしい。パジャマ代わりのイージーパンツ。意外なことに、眼鏡を掛けている。

「何やってんの?」
 あたしの問いかけに、良一は、ゆるりと首をかしげた。
「それはおれが結羽に訊きたい。網戸が開く音がしたから、気になって外を見たら、結羽がどこかに行くところだった。どこ行くんだ? 何やってるんだよ?」

 違和感があった。眼鏡のせいだけじゃない。表情のせいだと、あたしは気付いた。違和感の正体は、良一が商売道具みたいな微笑みを顔に貼り付けてないせいだ。
 あたしは良一から顔を背けた。

「ただの散歩」
「こんな真夜中に?」
「眠れないし。ギター弾けるとこで適当に過ごすの」
「危ないよ」
「危ないって、何が? 変質者がいるとでも? こんな小さな集落にそんなのいないって、あんただってわかってるでしょ」
「山犬とか、鹿とか、猪とか」
「食べ物が十分な夏場に、わざわざ海際まで下りてこない」

 あたしは歩き出す。良一がついて来る。

「散歩って、どこまで?」
「とりあえず、船着き場。あそこなら外灯があるから、ギター弾ける」
「おれも行く」

 良一はあたしの隣に並んだ。あたしは、良一とは反対側に顔を向けた。透明なダークブルーの海がある。
 ついて来るな、と言った。うざいんだけど、とも言ってみた。良一は黙って聞き流した。面倒くさくなって、あたしはそれ以上、何も言わなかった。

 ひび割れのあるアスファルトの真ん中を歩いていく。海は、満ちても引いてもいない頃合い。船着き場の浮桟橋は、陸と同じくらいの高さにある。コンクリートの防波堤の濡れ方を見るに、たぶん、今は引き潮だ。

 浮桟橋より少し先にあるコンクリートの防波堤は、灯台の役目も兼ねているのか、白々として見えるほど明るかった。防波堤に結わえられた漁船たちが、波間で眠りに就いている。あたしは防波堤の突端を目指す。

 外灯の真下で、海をのぞき込んだ。青く透き通る大きなカニが、突然落ちてきたあたしの影に驚いて、スッと泳いで逃げていった。ホコがあれば、突いてつかまえられたのに。あのカニの味噌汁はおいしいんだ。