『君とは二年ほどの付き合いだったのに……わざわざありがとう』
『何を仰せです。貴方は私の師も同然。当然です』

祖父と青柳医師の間でそんな会話が交わされていたが、どういった間柄かあまり良く分からなかった。

『ほう、そんなに長い間、日本を離れていたのかね』

アメリカで最新医療技術を学んでいたという青柳医師は、垢抜けたスポーツマンタイプで、四十歳半ばだそうだが、どう見ても三十代にしか見えない、と祖母は浮かれていた。

『ゆっくりしていって下さいね。ミライちゃん、手伝って』

祖母は私を促し、席を立った。

別に気を利かせたわけではない。祖母の趣味が人をもてなすことだからだ。日頃から食卓いっぱいに料理を並べる祖母だが、客人を迎えるとそれがさらに炸裂(さくれつ)する。それを良く知っているから指示に従っただけだ。

だが、事態はここで一変した。

『ミライ、来なさい』

胡瓜を薄切りにし終え、今度は卵を割るように言われたところに祖父がいきなり現われた。

『一石さん、どうしたんですか? 顔が怖いですよ』
塔子(とうこ)ちゃんも来るんだ』

祖父は一つ下の祖母を『塔子ちゃん』と呼ぶ。二人は『元祖ラブラブカップル』と言われるほど仲が良く、ご近所ではおしどり夫婦で通っていた。

なのに、祖母の趣味とも言える調理を祖父は中断させた。有り得ないことだった――ということは、何かとんでもないことが起こったということだ。