『一時帰国した彼女が、初恋の君である浅井君の訃報(ふほう)を知り、弔問(ちょうもん)に訪れた、という設定にしたから』

彼から過去の話を聞き、絶対に正体がバレないだろうと彼女に白羽の矢を立て、そういうことにした。(ちな)みに、『初恋の君』のくだりは事実らしい。

だが、この設定は、相手から訪問理由を訊かれた時のためのものだ。自分からベラベラ(しゃべ)ることはしない。

「おやおや、そうかい。良く来てくれたね。参ってやっておくれ」
「えっと……浅井君のお祖母さんですか?」

白々しくないように訊ねる。

「みたいなもんだけど、違うよ。隣人」

こういう場では言葉少なに過ごすのがベストだ。
そうですか、という意味でコクンと頷いた。

「お入り」

安乃さんが玄関を開けると、五十センチもない狭い土間(どま)に皮靴やローヒールが何足か並んでいた。

「ほら、遠慮しないで」

中に(いざな)われ、「失礼します」と小声で言って、上がり(かまち)(また)ぐと、そこは台所だった。

三畳ほどの場所に小さな冷蔵庫と食器棚、それに、二人掛けの簡素なテーブルとそれを挟んで向かい合うように椅子が二脚置かれていた。

〈あそこで飯食ってたんだ。母ちゃんの料理は最高に旨かったんだぜ〉

浅井青年が懐かしそうに視線を向けたのは食器棚だった。そこには椅子と同じように、茶碗やお椀などが二つずつ仕舞われていた。