しかし、彼に訊ねても《知らない、分からない》と言うだけだった。
おそらく解離性健忘(かいりせいけんぼう)だろう。

これは非常に大きなショックやストレスにより、記憶が欠如してしまうことだ。そうすることにより自分の精神を守る(無意識的防御機制)のだそうだ。

突発的な死因で亡くなった霊によく見られる症状だ。私の記憶喪失も、おそらくこれではないかと青柳医師は言う。

〈俺んち、母一人子一人で、父ちゃんは元々いなかったんだ。だから、周りから馬鹿にされないように(たくま)しく育てたかったのかなぁ〉

だが、青年はそのことについて全く頓着(とんちゃく)していないようだ。それを幸いに思う。

何故なら、以前シオに『私のことを恨んでいない?』と聞いたことがある。答えは《恨んでいない》だった。そして――。

《もし恨んでたら、ボクは悪霊になってたよ。心残りには(たち)の良いものと悪いものがあって、悪いものにはもっと悪いモノが憑くんだって》

誰に聞いたのかそんなことを言っていたのだ。

だから、青年がそれを気にしていないということは、彼の心残りは質が良いということだ。

良かった……と思ったのも束の間。

〈俺の容姿がそんなだから、口癖のように『男らしくしなさい』って言ってたんだよな。俺も母ちゃんの期待を裏切りたくなくて、そう振る舞ってたけど〉

青年がポリポリと頭の後ろを()く。その拍子にポロポロと皮膚と共に髪の毛も()がれ落ちた。