その時、彼の瞳が一瞬だけ見開かれた。その一瞬に魅入られた。意外にも穢れを知らない真摯な瞳だったからだ。
しかし、残念ながらそこに甘味な感情はなかった。〝友人〟はそうではなかったみたいだが……。

それでもその運命に抗いたいと思ったのは……ほんの気まぐれだった。
ふっ、と鼻で笑ったと同時に商店街を抜け出る。
その時だった。暗い淵底から発せられたような、気持ちの良いとは言えない忍び嗤いが聞こえた。

〈逃れられるとでも?〉

姿無き声が耳元で囁いた。

〈逃しはしない〉

強い衝撃を受け、身体が宙に浮く。
――赤い車。
――フロントガラス越しの運転手。
――醜い嗤い顔。
それは一瞬の出来事だった。だが、映像をコマ送りで見ているようだった。

〈言っただろ? 逃しはしないと〉

運転手の姿に、真っ赤な目と口を持つ黒いシルエットがシンクロする。
女性の悲鳴が耳に届いた。だが、奴を視たからではない。
別の誰かが叫ぶ。

「轢き逃げだ。女が撥はねられたぞ!」

辺りが騒然とする中で、ペロペロと左の目尻を舐める温かなものに気付く。

「来てくれたのね……」

それと同時に固いアスファルトの存在を全身で知る。

「ありがとう……どうかあの子だけは……お願いね……」

掠れたような小さな声は、瞳から零れた一筋の雫と共に――途切れた。