その様子にポカンと口が開く。さっきまでの気持ちの悪い嗤いとあまりに違ったからだ。

「――そんな風に笑えるんだ」

年相応に見えた。しかし、そう言った途端、笑いを(おさ)めたゼロの顔にまたあの鬼面が重なり――背中がゾクッとする。

「貴方は……本当は誰?」
「僕は僕。トーコを愛する男です」

さっき取り上げた薔薇をゼロはまた手にすると、「彼女はこの香り高い紫の薔薇が好きだった」と言ってその花弁に口づけた。

「彼女自身もこの花の花言葉のように、誇りと気品を持ったエレガントな女性でした。僕はそんな彼女をいつの世も敬愛していました」

本当に好きだったんだ。

「なのに彼女は……」

フラれたんだ。
ふと、あの時のロミオを思い出す。

『――さん、貴女は最後まで、頑なに俺を受け入れてくれなかった……』
『死んだ後でさえ……無視するように顔を見せてくれない』
『今気付いた。何も知らない……貴女は何者だったんだ……』

悲痛な声だった。

「想っている人に想われない苦しみ……」

この歳になってもまだ初恋さえ知らない私は、その気持ちがどんなに辛いか分からない。でも――。

「ゼロさん、貴方はその苦しみを知っているのに、どうして金之井さんの好意を踏みにじるようなことをするんですか?」

それが最低なことだということは分かる。

「踏みにじる? 〝手玉〟の次は〝踏みにじる〟ですか? そんな覚えはありませんよ。彼女は僕の役に立って喜んでいます。僕もそんな彼女を可愛く思っています」