だが、その願いを叶えたのは私ではなく、祖父だった。
祖父は友人の死を(いた)み、破傷風基金なるものを設立して、全国の農業従事者に無料で破傷風の予防接種を受けられるようにしたのだ。

《一石に礼を言っておいてくれ。息子や嫁もこれで安心して仕事に(いそ)しめると》

聞けば、破傷風の予防接種が定期接種されるようになったのは一九六八年以降らしい。故に、それ以前の人たちの破傷風抗体保有率は非常に低いということだ。

さらに、個人で受ける場合の費用は、四千円前後から五千円前後(/一回)と病院に差があり、これを期限中に三回接種しなければいけないそうだ。そして、その有効年数は十年という。

命には変えられないが、かなりの出費となるようで、必要と分かっていてもスルーする人が大勢いるらしい。その一人がその友人だったということだ。

「――それに、血染みは落ちにくいんですよ」

リュックの中からウエットティッシュを取り出すと、彼の手から薔薇を取り上げ、血で汚れた指先を拭く。

「家に帰ったら、ちゃんと消毒してお薬を塗って下さいよ」
「君……何をやっているんですか?」
「何って……手当てをしているんですよ。あっ、それから、血染みには大根おろしが()くそうです。日を置かずに、帰宅したらすぐにしみ抜きをして下さい」

傷口を絆創膏(ばんそうこう)で巻きながら、「高そうなズボンなのに、全く!」と文句を()れていると、突然、弾かれたようにゼロが笑い出した。