〈――お姉ちゃん……〉

心細そうな少年の声が私を呼ぶ。どうやらこの状況が怖いみたいだ。

消えていなくならないように、「大丈夫だよ」と囁き、ポンポンと(もも)を叩いた。その合図が何なのか分かった少年は、すぐさま(ひざ)の上に乗ってきた。

「ここで大人しくしていてね」

ドアの閉まる音に気付き、見るといつの間にか運転席にあの男性が座っていた。どうやら、もう発車するらしい。エンジンが掛かる。

〈私は途中で消えると思うけど、少年の母親とはきっと会えるから心配しないで〉

隣に腰を下ろした金之井嬢がニッコリ微笑む。

「最後まで一緒にいてくれないの?」

そう訊ねたのは心細いからではない。金之井嬢を見失いたくなかったからだ。

〈そうしてあげたいけど……ごめんなさい〉

少し含みのある謝罪に、誰かの――偽装零、ゼロの指示ではないだろうかと思った。


 *


堀に掛かる石橋が見えてきた。ドライバーの腕がいいのだろう。前回来たときよりもはるかに快適な時間が過ごせた。

しかし、因幡さんはこの橋を渡ると奪還するのが難儀だと言った。

「無事に帰還(きかん)できるだろうか?」

堀がまるで三途の川のように見える。

「シオは天地さんに伝えてくれたかな?」

少年の耳元で独り言ちると車窓の外に目を向けた。車が橋の中央に設けられたゲート前で停車したからだ。