安堵の息を吐きながら、脱衣室のドアを開ける。と、鼻を(かす)めフワリと出て行く香り。その香りに頬が緩む。

それは浴室から漏れ出たラベンダーの香りだった。

『リラクゼーション効果があるそうよ』

祖母が初めてお湯を真紫に染めたあの日を思い出す。

あれは確かに思いやりだった。だが、加減を知らずに入れたのだろう。むせかえるようなキツイ匂いにリラックスするどころか気分が悪くなり、一分も入っていられなかった。

「それでも懲りずに婆様ったら……お湯を染め続けたっけ」

思い出すだけで笑みが零れて身体から力が抜ける。

「確かにリラックスできる」

クスクス笑いながら私はパジャマを脱ぎ捨てた。


 *


(わし)は予定どおり着きたかったのに……お前たちが……」

祖父の脳内スケジュールでは、世継病院到着時刻は午前七時だったらしい。
だが、三分ほど過ぎてしまったとさっきから文句を言っている。

「一石さん、いい加減にして下さい。外出の際、身だしなみを整えるのは最低限の(たしな)み、礼儀です」

うんざりしながらもピシャリと反撃する祖母。

そんな二人に挟まれ院内に入ると、途端に病院独特の匂いが鼻を突く。私はこの匂いが嫌いだった。まぁ、好きな人の方が少ないだろう。

「こんなに朝早くから、どうしてこんなに人がいるんだ?」

また祖父の文句が始まった。しかし、今度は祖母も同意する。