暑さがねっとりと肌に纏まとわり付く。そんな夜だった。
アーケード商店街の店先は、もうどこもシャッターを下ろしており、薄暗い通りには、切れかかった白色の外灯と軒下の淡い電灯しか灯っていなかった。

はーっ、はーっ。
カツカツ。

荒い息とヒールの音が気味悪いほど静かな通りに響く。

(あっ、あれは……)

目の端に笹に飾られたカラフルな短冊が映る。と同時に彼の言葉が脳裏を過ぎる。

――いっしょに七夕祭りに行きましょう。

先週の金曜日だった。分厚い本に視線を置いたまま、〝友人〟である彼は照れ笑いを浮かべながら私を誘った。
だが私は断った。催し事があるたびに『行こう』と誘いかける彼の〝想い〟を知っていたからだ。

――大丈夫です。俺の気持ちは一生変わりませんから。

応じることのできない私に彼は、その場の雰囲気を壊さないように、冗談っぽくそう言いながら笑った。
そんな健気な彼のためにひと時でも時間があれば、と思い始めていたが、もうそんな猶予もなさそうだ。

(……ごめんね)

心の中で謝罪しながら彼の整った顔を思い浮かべる。だが現在の彼ではない。初対面の時の、まだ少年の面差しを残す彼をだ。
あの時の彼は、背伸びをしているように見えた。メタルフレームの眼鏡が全体的にアンバランスに見えたからだ。
しかし、よく見ると計算され尽くしたベストなバランスだった。それで思った。彼は確信犯だと。
きっと、モテすぎるのを防止するためだったのだろう。
イケメンを二割減にする彼のテクはお見事だった。してやられたと思ったら思わず笑みが零れてしまった。