「でも、わたしがあげたのは……」
あのときわたしがあげた帽子は、いまきみがかぶっているそれとは違う。大きさも、色も、形も、全然違うものだった。
「あのときの帽子は、もったいなくて使えなかった。だからいまでもきれいなまま、大事にとってあるよ」
と広瀬くんは懐かしそうに言った。
「そんな、大げさだなあ」
わたしはそう言って、笑おうとした。
なのに、笑う代わりに、泣いてしまった。ぼろっと目から涙がこぼれて、
「あれ、なんで、変だな」
広瀬くんが指でそっと、わたしの涙を拭った。
「大げさじゃないよ」
と広瀬くんははっきり言った。
「少しも大げさじゃない。おれにとっては、真っ暗だった世界が開けるくらい大きな出来事だったんだ」
それこそ大げさだと思うけれど、もう反論はしなかった。
「それなのに、愛音、全然覚えてないんだもんな。おれはすぐわかったのに」
拗ねたような口調で言うきみに、わたしは今度は反論せずにはいられない。
だって、そうでしょ。
「……広瀬くん、変わりすぎだよ。わたしじゃなくたってわかんないよ」
髪の色だけじゃない。背も伸びたし、声も、雰囲気も、全部、あの頃とはどこもかしこも違う。
「それを言うなら、愛音だって」
と広瀬くんは負けずに言う。
「電車で愛音を見たとき、すぐに気づいたよ。でも、5年ぶりに会ったその子は、全然笑ってなかったんだ」
「……」
「おれの知ってる愛音は、強引にひとに笑えとか言う子だったのに。だから、なにか言わずにはいられなかった」