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あのときのことは、よく覚えていた。
今日みたいに冬の寒い日、わたしはお母さんと病院に行った。お母さんが用事を済ませている間、わたしは暇つぶしにぶらぶらと病院の庭を散歩していた。
そのとき、建物の影に隠れるように、ひっそりと泣いている男の子を見つけた。
『どうしたの?なんで泣いてるの?』
わたしは尋ねたけれど、男の子はわたしの声なんてまるで聴こえていないみたいに、顔を膝に埋めたままだった。
『ねえ、聴いてる?』
わたしは無視されたのかと思い、少しムキになって言った。
『顔あげて、こっち向いてよ』
黒髪の男の子は、ようやくゆっくりと顔をあげた。目にかかるほど長い前髪が涙で顔に張り付いて、その奥の怯えたような両目が、わたしを捉えた。
ーーこの子は、なにをそんなに怖がっているんだろう。
幼いわたしにわかるはずもなかったけれど、その頃のわたしに、そんなことを気にする繊細さはかけらもなかった。
『これあげる。わたしのお気に入り』
そう言って、わたしはじぶんがかぶっていたニット帽を、耳が隠れるくらい深く男の子の頭にすっぽりかぶせた。
男の子はポカンとした顔で、潤んだ目を瞬かせた。
『なんで……?』
『元気になってほしいから。あときみ、寒そうだから』
『……』
プレゼントをあげた気分だった。いいことをしたと思っていた。
いま思えば、元気になってほしくてじぶんのお気に入りのものをあげるなんて、なんて子どもっぽい考えなんだと恥ずかしくなる。しかも、帽子なんて。女の子っぽいデザインではなかったけれど、好みだってあるのに、わたしはやはり、ちっとも気にしていなかった。