きみは振り向かない。

聴こえていないのかもしれない。

急に、また不安になる。

わたしが呼んでもいいのかな。

来たよかったのかな。

ひとりになりたかったんじゃないのかな。

ここまできて、いまさら。だけど、わたしはいつものクセで、ついそんな風に後ろ向きに考えてしまう。

そんなとき、

『愛音は難しく考えすぎだよ』

そんな風に笑って、強引にでも前を向かせてくれたのは、きみだった。

わたしは弱気な心を追い出して、前に歩み寄る。きみのもとへ。

迷っている場合じゃない。

たとえ嫌だと言われたって、きみをひとりになんて、させないから。


「広瀬くん!」


わたしは叫んだ。

何度でもきみの名前を呼ぶ。そう決めた。きみがわたしにしてくれたように。

きみがわたしの名前を呼んでくれるたび、嬉しかった。

『たくさんの人に愛される女の子になるように』

そんな意味が込められた、じぶんには似合わないと思っていたわたしの名前を、前より好きになれたんだ。

だから、

「広瀬くん!」

たとえ聴こえなくても、きみに届くまで、わたしは呼び続ける。

背を向けていたきみが、小さく肩を揺らして、そして、振り向いた。


「愛音……」


目を見開いて、わたしを見つめる。

ーー届いた。

胸がいっぱいになって、言葉に詰まりながら、

「迎えにきたよ、広瀬くん」

わたしは笑って言った。