バスがきて、お父さんに続いて乗り込む。空いていたから、いちばん後ろの広い席に座ることができた。
ぼんやりと過ぎていく窓の外の景色を眺めていて、ふと気付いた。
「お父さん。お母さんから、もしかしてなにか聴いた?」
親に反発してまで、とお父さんは言った。それはお母さんしか知らないはずのことだ。
「ああ、聴いた」
とお父さんは頷いた。
「昨日、母さんから聞いた。ケンカしてるんだってな」
「ケンカっていうか、まあ そうなんだけど」
「そうか……おまえには、謝らなければいけないことがある。母さんのことも含めて」
とお父さんが眉を下げて言う。
「お母さんのこと?」
「気づいてただろうが、父さんと母さんは、あまりうまくいってなかった。きっかけは、病院の経営が厳しくなってきたことだった」
「え……うちの病院、厳しいの?」
まったくの初耳だった。
「少し前の話だ。あれこれ対策を練ったおかげで、いまはなんとか持ち直したが、その頃から家庭のことより仕事にかかりきりになって、母さんがなにか話そうとしても、忙しいとか疲れてるとか言い訳をして、まともに取り合わなかった。そのツケが、後になって回ってきた。経営難はなんとか免れたが、今度は家族とどう接すればいいかわからなくなった。母さんとも、愛音とも話すことがなくなって、余計に家庭を遠ざけてしまった。悪循環だとわかりながらも、情けないことに、仕事を理由に逃げていたんだ」