でも、謝る気もなかった。わたしは間違っていない。ほかのことならなんでも言うことを聞いてきたけれど、広瀬くんのことは、許せなかった。
ここに来ないという選択肢は、わたしの頭にはもうなかった。
帰りたくないな、と思った。
いつもそう。だけど、今日はいつもとは違う。
気まずさを持て余しながら、ぼんやりじぶんの足元を見ていると。
「愛音」
と、お父さんが言った。
「おまえは、あの男の子とはどういう関係なんだ」
「え?」
唐突な、あまりに直球な質問に、わたしは戸惑う。
前にも、広瀬くんと知り合いなのかと訊かれた。そのときわたしは、うんと答えた。
だけど、いまのは、それとは違うような気がした。
普段、滅多にないのに、どうして久々にまともに交わした会話がそれなんだ。もうちょっと年頃の娘に対する気遣いはないのか。いや、この人に限ってそんなものないだろうけど。
「……いや、いい。関係なんてものはどうでもいいんだ」
と、また妙なことを言う。
「なにそれ」
「あの子は、おまえにとって、大事な存在なんだろう」
お父さんは、わたしの目を見て言った。
わたしは目を見開く。
「広瀬くんのこと、なにか知ってるの……?」
「知ってるよ。大事な患者だからな。おまえよりわかっていることはたくさんあるし、おまえのほうがわかってることもたくさんあるだろう」
「うん」
わたしは頷いた。
そうか。お父さんは、5年前から、広瀬くんのことを知っているんだ。わたしよりもずっと前から。
「そしておまえのことも、知っている。小さい頃から聞き分けのいい子で、頑張り屋で、勉強も進んでやって、親に反発したことなんてなかった。でも、何事にも必要以上の興味を見せなかった。子どもの頃から大人びた子だった。だから、正直、びっくりしてるんだ。おまえが、母さんに反発するほど、なにかに一生懸命に一生懸命になっているところを、初めて見たから」