「毎年この時期、この花を買ってるの」

背を向けたまま、広瀬くんのお母さんが言った。

「もうすぐ、慧の誕生日だから。家でお祝いをするときは、この花で飾りつけをするのよ」

「素敵ですね」

「慧が生まれたとき、お祝いでこの花をもらってね。クリスマスローズは、おなじ種からでもおなじ花は咲かないんだって。どんな花が咲くかは、育て方次第。そういう楽しみがあるんだよって教えてもらって。そういう気持ちを大事にして、この子を育てたいと思った。男の子だから、もう花なんかじゃ喜ばないだろうけど、生まれたときからずっと買ってるから、なんとなく習慣みたいなものでね……でも、今年は家ではお祝いできないかもしれないわね」

そう言う彼女の声は寂しそうで、少し震えていた。

「ここにいるとね、考えちゃうのよ。慧は、目を覚ましたくないんじゃないかって」

「え……?」

「意識が戻ったら、嫌でも現実を見なきゃいけないでしょう。検査もたくさんあるし、薬も飲まなきゃいけない。退院すれば、学校に行って、またいつも通り生活することはできる。でも、少しずつ、でも確実に、あの子の耳は聴こえなくなっていく。めまいや耳鳴りもきっとこれから増えていく。そして、いつか、完全に聴こえなくなる。残酷だけど、それは5年前からわかっていて、どうしても変えられないことなの。そのストレスから逃げたくて、なにも考えなくていい場所に行きたくて、だから、この子はもう目を覚ましてくれないんじゃないかって……っ」

「そんな、こと」

そんなことない、そう言いたかった。

でも、言えなかった。

わたしも、ほんの少し、思ってしまったから。

広瀬くんは、もしかしたら、目を覚ましたくないんじゃないかって。

戻りたくないんじゃないかって。

そんなこと、考えちゃいけないのに。

きみがいちばん必死に、戦っているはずなのにーー。