『もちろん、最初は塞ぎ込んでたわ。毎日泣いて、病院に来るのも嫌がってた。だけどね、あるとき、急に吹っ切れたみたいに、あの子、笑って言ったの。これからは好きなことをする。聴こえなくなるそのときまで、聴こえてるときしかできないことを全力でやるって。そのかわり病院にも通って、できるだけ悪くならないようにもするって。人が変わったみたいだった。なにがあったのかわからないけど、母親として、その気持ちを応援したいと思ったわ』
『……』
胸が詰まって、言葉が出なかった。
広瀬くんの思い。お母さんの思い。いままで、どれだけ悩んで、苦しんできたことだろう。
『いまのあの子、本当に楽しそうなの。いままでにないくらい。病気を受け入れて、友達がたくさんできて。もちろん、そのなかにはあなたもいると思う』
彼女はそこで言葉を区切って、それからためらいがちに、続けた。
『でもね、状況は確実に変わっていく。あの子の耳がよくなることは、もうないのよ』
だからーー彼女は顔を歪めて言う。
その後の言葉を、聴きたくなかった。彼女の言いたいことが、わかってしまった。
『もう前みたいになってほしくないの。あの子には笑っていてほしい。傷ついてほしくない。あなたにとって、あの子は、きっと重荷になると思う。障害と付き合うことは、あなたが思っているほど簡単じゃないの。それでも、あの子と一緒にいられる覚悟がある?』