混み合う待合室を横切って、エレベーターで入院病棟まで行く。

昨日よりは少しだけ、落ち着いた気持ちでここに来れた。

だけどやっぱり病室に向かう足は重くて、緊張する。

広瀬くんの意識が戻ったという連絡はないから、きっとまだ昨日の状態のままなんだろう。


『広瀬慧』と名前が書かれたプレートの扉に手をかけて、ガラリと引いた。

病室には、ほかに誰もいなかった。鮮やかな夕焼けの光が部屋に差し込んで、広瀬くんと白いベッドを温かく包んでいた。


わたしは、ゆっくりと歩み寄る。


ーー広瀬くん。

ふわふわした猫っ毛の鮮やかなオレンジ色の髪の隙間に見える両耳には、当たり前だけれど、いまはなにもつけられていない。

きれいな寝顔だと思った。色白で、小顔で、まつげが長くて。それだけを見れば、ただ普通に眠っているようにも見える。

初めて電車で広瀬くんに会った、あのときみたいに。

あのときから、いろんなことが変わった。

きみのことを知っていって、じぶんの気持ちも知った。伝えたいと思った。誰かをそんなにも強く思ったのは、生まれて初めてだった。

だけど、なにも言えないまま。

きみはいまも、こっちに戻ってきてくれない。