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滑り込んだ電車はいつもより空いていて、席もまばらに空いていたので座ることができた。ガタゴトと電車は呑気に揺れながら、決まった道を進んでいく。
「担任に頼まれて、あいつに勉強を教えてたんだ」
と石田くんは言った。
「授業が聞こえづらいから、個人的に教えてやってくれないかって」
「難聴のこと、知ってるんだ」
ああ、と石田くんは頷いて、苦々しく続ける。
「でも、そのときは、なんでおれがと思った。教室で聴こえづらいなら、個人の塾でも家庭教師でもつければいい。それができないならじぶんでやれ、そう思った。あいつ授業中寝てばっかりだったし、そもそもやる気がなかったから」
「それ、想像できるかも」
ふたりの中学時代を知らないはずなのに、きっといまとそんなに変わっていないであろう姿が目に浮かぶようで、わたしは少しだけ頰を緩めた。
「でも実際教えてみると、あいつはけっこう要領がいいほうだし、やればやるだけ伸びるタイプだった。なんでやる気出さないんだって訊いたら、あいつ、なんて言ったと思う?」
わたしは少し考えたけれど、なんとなく、
「……好きなことをやりたいから、じゃないかな」
そう答えた。
好きなことを好きなだけしたい。
それは前に、きみが言っていたこと。あのときは、きみのことを、眩しいと思った。すごいなとも。
だけど、あのときと、それを知ってしまったいまでは、その言葉の重さが全然違った。