あれは、中学三年生の時のこと——。
学校帰りに公志とばったりと会った。クラスが一緒になれないまま三年生になったけれど、たまに会えば近況報告をし合っていた私たち。
『暗い顔だな』
そう言った公志に、半ば強引に連れていかれた場所は、あのラジオ局の本社ビルだった。前々から誘われてはいたけれど、初めてきた。
常盤町の大通りに面したビルの一階には、大きなガラス張りの公開スタジオがあり、時折生放送を眺めることができるそうだ。
『今は静岡市のスタジオで生放送しているんだ』
公志の言うとおり、スタジオのなかはブラインドが閉められていて人の姿はなかった。上部にふたつ設置されたスピーカーから、パーソナリティが楽し気に話す声が流れている。
『ここは、俺にとって目標の場所なんだ。いつか、このスタジオで番組を持つのが夢』
少し照れくさそうに笑う公志にうなずくけれど、私の気持ちはますます暗くなる。
『いいなぁ。私には目標や夢なんてなんにもないよ』
志望校を決めなくてはいけない時期になっても、あいかわらず平均点の私。しょげている私に公志は、
『茉奈果はそのままでいいんだよ』と言ってくれた。
『そのままってどういう意味? 平均点な人生でいいってこと?』
一学期の中間テストが、またしてもクラスで真ん中の順位だったこともあり、からかわれた今日。つい、イライラした口調になってしまう。
だけど公志は、目を細めてやさしい笑みを浮かべた。
『言葉どおりの意味だよ。俺は、茉奈果を平均点だなんて思ったことないし』
『公志が思ってなくても、他の子はみんな思ってるよ。今日だって、みんなで私を笑うんだよ。実際、平均点だったし……』
落ち込む私に、公志はニカッと笑った。
『いいじゃん。俺がわかってるんだからさ。茉奈果のいいところは、俺がたくさん知っている。他のヤツにわかってもらえなくたって、茉奈果が平均点なんかじゃないことは、俺がちゃんと知ってるよ』
満面の笑みになる公志にフリーズしてから、
『なにそれ』
と、眉をひそめた。
『あ、やっぱダメだった?』
『ダメに決まっているでしょ。意味がわからない』
そう言いながら、私は笑ってしまっていた。落ち込んでいても、公志と話をした日は気分が軽くなるから不思議だ。
『つまり、俺が見守っているってことだよ』
そっぽを向いた公志が夕焼けに照らされている。その不器用なやさしさがうれしかった。
『公志の夢が、いつか叶うといいね』
『叶うさ。信じて、そのために努力をしていれば必ず叶う』
自分に言い聞かせるように、閉じたブラインドをじっと見つめる公志。放送部の部長になった彼が話す放送の声は、最近中学でも話題になっていた。
夢に向かってまっすぐに進んでいく公志がうらやましくて、なぜか誇らしかった。
『私にも夢が見つかるかな?』
『もちろん。いつか必ず見つかるよ』
公志が言うと、なんだかそんな気がしてくる。私にとって公志は、片想いの相手であり、憧れの存在でもあった。
スピーカーからは聞いたことのない洋楽が流れている。
『茉奈果がつらかったり苦しかったりした時は、俺がここに連れてきてやるよ』
『ここに?』
『ここは茉奈果が元気をもらう場所。俺たちだけのパワースポットにしよう』
イタズラっぽく笑う公志のことを、さらに好きになった瞬間だった。
帰り道はクラスの話とか、公志のお父さんが最近集めているレコードのことなんかを楽しく話してくれて、あっという間に家についてしまった。夕暮れももう少しで終わりそうな時間。
『じゃあね』と、玄関に向かってから足を止めて振り返る。そして、あまり言ったことのない『ありがとね』をつけ加えた。
『いいってことよ。いつも笑ってろよ。俺がそばにいるからな』
『げ。キモイし』
赤くなる顔をごまかしてドアを開けてなかへ入る。ドアを閉める前にもう一度振り返ると、公志はもういなかった。
遠くの空には、夕焼けに隠れるように薄い色の満月が浮かんでいた。
学校帰りに公志とばったりと会った。クラスが一緒になれないまま三年生になったけれど、たまに会えば近況報告をし合っていた私たち。
『暗い顔だな』
そう言った公志に、半ば強引に連れていかれた場所は、あのラジオ局の本社ビルだった。前々から誘われてはいたけれど、初めてきた。
常盤町の大通りに面したビルの一階には、大きなガラス張りの公開スタジオがあり、時折生放送を眺めることができるそうだ。
『今は静岡市のスタジオで生放送しているんだ』
公志の言うとおり、スタジオのなかはブラインドが閉められていて人の姿はなかった。上部にふたつ設置されたスピーカーから、パーソナリティが楽し気に話す声が流れている。
『ここは、俺にとって目標の場所なんだ。いつか、このスタジオで番組を持つのが夢』
少し照れくさそうに笑う公志にうなずくけれど、私の気持ちはますます暗くなる。
『いいなぁ。私には目標や夢なんてなんにもないよ』
志望校を決めなくてはいけない時期になっても、あいかわらず平均点の私。しょげている私に公志は、
『茉奈果はそのままでいいんだよ』と言ってくれた。
『そのままってどういう意味? 平均点な人生でいいってこと?』
一学期の中間テストが、またしてもクラスで真ん中の順位だったこともあり、からかわれた今日。つい、イライラした口調になってしまう。
だけど公志は、目を細めてやさしい笑みを浮かべた。
『言葉どおりの意味だよ。俺は、茉奈果を平均点だなんて思ったことないし』
『公志が思ってなくても、他の子はみんな思ってるよ。今日だって、みんなで私を笑うんだよ。実際、平均点だったし……』
落ち込む私に、公志はニカッと笑った。
『いいじゃん。俺がわかってるんだからさ。茉奈果のいいところは、俺がたくさん知っている。他のヤツにわかってもらえなくたって、茉奈果が平均点なんかじゃないことは、俺がちゃんと知ってるよ』
満面の笑みになる公志にフリーズしてから、
『なにそれ』
と、眉をひそめた。
『あ、やっぱダメだった?』
『ダメに決まっているでしょ。意味がわからない』
そう言いながら、私は笑ってしまっていた。落ち込んでいても、公志と話をした日は気分が軽くなるから不思議だ。
『つまり、俺が見守っているってことだよ』
そっぽを向いた公志が夕焼けに照らされている。その不器用なやさしさがうれしかった。
『公志の夢が、いつか叶うといいね』
『叶うさ。信じて、そのために努力をしていれば必ず叶う』
自分に言い聞かせるように、閉じたブラインドをじっと見つめる公志。放送部の部長になった彼が話す放送の声は、最近中学でも話題になっていた。
夢に向かってまっすぐに進んでいく公志がうらやましくて、なぜか誇らしかった。
『私にも夢が見つかるかな?』
『もちろん。いつか必ず見つかるよ』
公志が言うと、なんだかそんな気がしてくる。私にとって公志は、片想いの相手であり、憧れの存在でもあった。
スピーカーからは聞いたことのない洋楽が流れている。
『茉奈果がつらかったり苦しかったりした時は、俺がここに連れてきてやるよ』
『ここに?』
『ここは茉奈果が元気をもらう場所。俺たちだけのパワースポットにしよう』
イタズラっぽく笑う公志のことを、さらに好きになった瞬間だった。
帰り道はクラスの話とか、公志のお父さんが最近集めているレコードのことなんかを楽しく話してくれて、あっという間に家についてしまった。夕暮れももう少しで終わりそうな時間。
『じゃあね』と、玄関に向かってから足を止めて振り返る。そして、あまり言ったことのない『ありがとね』をつけ加えた。
『いいってことよ。いつも笑ってろよ。俺がそばにいるからな』
『げ。キモイし』
赤くなる顔をごまかしてドアを開けてなかへ入る。ドアを閉める前にもう一度振り返ると、公志はもういなかった。
遠くの空には、夕焼けに隠れるように薄い色の満月が浮かんでいた。