真彩と別れた後、サトルは堤防の上をひたすらに歩き続けた。夕焼けから背を向けて、ペタペタと固いコンクリートを歩いていく。
 このままバランスを崩せば、赤いあの海の中へ沈んでいけるだろう。透き通った潮風と水。塩辛い水を飲み干した夏。肌を焼く陽の光が目に焼き付いている。網膜から剥がれない記憶が蘇ってきそうで、その膨大な幸福が懐かしい。
「……はぁー」
 堤防の中腹。もう少し行けば矢菱高校の校舎が見えてくる。とぷんと濃い夜に染まっていて、その暗さが寂しく思えた。
「死んだ理由かー……なんでそんなものがいるんだよ」
 面倒なシステムだ。いちいち理由をつけなくては、好きに生きることも終えることもできないなんて。
 ただ、こんなに寂しくなるくらいなら、楽しさなんて思い出さないほうが良かった。真彩の顔が見たくなる。海に目を輝かせる彼女が頭から離れない。
「――お、一番星」
 沈む太陽と、濃い夜の間に瞬く光を見つける。一際大きく強い光は金星だろう。幼い頃、父からそう教わったのを思い出す。あの頃は夏が無限に続けばいいのにと惜しんでいたのに、十六歳の夏で止まったまま。これからもずっと九月はこないんだろう。
 両親は元気だろうか。友達は今、何をしているだろうか。幸せにやってるだろうか。
 サトルは大きく息を吸った。ついでに口角を持ち上げる。止まっていた足を伸ばし、地面を踏むと輪郭がぼやけた。
「……あーあ」
 後悔したら負けだ。今まで気にしなかったくせに、今日はやけに気持ちが沈んでいく。
「――真彩のやつ、ちゃんと家に帰ったかなぁ」
 ふいに飛び出した独り言がおかしくて笑いたくなる。誰にも聞かれていなくて良かった。
 透明な手のひらを空にかざせば暗い色に染まりそう。夜は寂しい。ぼうっと見つめていると、半透明の指先がわずかに濁った。