一向に真彩が戻ってこないので図書館を見やると、町民センターの灯りが消えた。自動ドアに「閉館」と書かれたプレートが置かれる。
「えっ、なんで?」
いつの間に待ちぼうけを食らってたのか分からず、サトルは立ち上がってすぐに公園を出た。学校に戻るも、真彩の姿はどこにもない。駅までの道にも。駅の中にも。ホームにも。
「なんだよ、あいつ。急に帰って……」
どうにも分からず、サトルは学校へ引き返した。校門を閉めようとする岩蕗先生をやり過ごす。先生には本当に影が視えていないらしい。
「おや、置いてかれたみたいだねぇ」
昇降口に入ると、白いパーカーが傘立てに座っていた。
「帰らないとやばいんじゃねーの?」
サトルはつーんと冷たく返し、外にいる先生を指差した。
「ちょっと野暮用でね。先生を待ってるんだ」
「ふうん……」
サトルは適当に返事をした。視線を変える。
外は暮れなずみ、暗く陰っている。時刻はすでに十九時。真彩はもう家についただろうか。耽っていると、カナトが冷やかしたっぷりにため息を吐いた。
「はぁーあ。意気込んだ結果がこれとは。僕も応援のし甲斐がないよ。片思いはつらいねぇ」
「何を勘違いしてるのか分かんねーけど、俺は別に真彩のことを恋愛感情で見てるわけじゃない」
置いていかれたことも相まって、サトルの声はいつにも増してぶっきらぼうになってしまう。
「それに、はっきりしたところで、そういうのはどうしようもないだろ。俺はもう死んでるんだから」
「でも、感情は生きてる」
あっけらかんと軽い口調で返され、サトルはカナトをじっとりと見た。
「……お前、幽霊の敵じゃなかったっけ?」
「昨日の敵は今日の友だよ」
「………」
もう何も言うまい。
サトルは名残惜しく外を見た。静かな昇降口から校庭の部活生は見えないが、賑やかな音がまったく聴こえない。下校の時刻はとっくに過ぎている。相変わらず、校門の影はじっと佇んでいる。真彩の後悔はいつになったら消えるんだろう――
「……ん?」
校門の黒い影が一回り大きくなった。フラフラと危なっかしく歩きだす。
「おい、カナト」
影を睨んだまま呼ぶと、カナトはのんびりと反応した。傘立てから降りる彼も、前方の校門を見る。瞬間、フードの下から息を飲む音が聴こえた。
「動いたか」
待ちわびていたかのような言い方。カナトはそのまま外へ飛び出した。サトルも慌てて白パーカーのあとを追いかける。
「なぁ、おい、あれってもしかして」
「あぁ。真彩ちゃんが動いたね」
「ってことは?」
「彼女の心になんらかのストレスがかかっている」
影は先ほどより濃度を増し、膨らんだ。こちらに気づく様子はなく、何かを探すように右往左往する。
「これは並大抵のことじゃないぞ。真実を知ってしまったのか――」
「真実?」
「あ、いや。なんでもない」
カナトにしては下手に慌ててごまかした。それを問い詰めようと口を開くも、影の膨張がさらに早まる。このままでは真彩に危険が及ぶかもしれない。
「おい、お前、祓い屋だろ! なんか、祓う以外にできねーのかよ!」
「だから、あれを祓ったら真彩ちゃんが危ないって言っただろう」
ああ言えばこう言う。融通が利かないのがもどかしい。それはどうやら、カナトも同じなのか唇を噛み締めていた。
そうこうしているうちに、影はこちらを向いて滑らかに上昇し、二人の間をすり抜けていく。学校を飲み込む勢いで空に覆いかぶさった。
その時、
「深影くん」
遠くの方から女性の声が聴こえてきた。呼ばれたわけではないが振り向くと、カナトも同様に振り返った。風に煽られ、髪を耳にかけながらこちらにくるのは岩蕗先生。校庭から悠長に歩いてくる。
「岩蕗センセー! 待ちくたびれましたよー!」
カナトが大仰に両手を広げた。サトルは何がなんだか分からず、立ち止まる。その間にも影は校門をくぐり抜けていった。
先生の目がその影を追いかける。視えていないはずだ。それなのに、何故かこちらとも目が合ったような気がしてサトルは後ろに下がった。対して、先生は見透かすように目を細め、それからカナトのところへ真っ直ぐ駆け寄る。持っていた白い封筒を差し出してきた。
「頼まれていたもの、持ってきたけれど。これでどうにかできるの?」
「最高に役立ちます!」
「そう……それなら、一ノ瀬さんをよろしくね」
「まかせてください! よし、行こう、サトルくん!」
カナトは上機嫌に言うと、封筒をパーカーのポケットに入れ、地面を蹴った。サトルもすぐに追いかける。先生はもうこちらには関心がないのか、昇降口へ消えた。
「おい、カナト! さっきのどういうことだよ!」
走りながら聞く。まったく何がなんだか分からない。
「あぁ、岩蕗センセーのことだね。あの人が僕に真彩ちゃんの影を知らせてくれたんだ。おかげで対処法までもらったし、さすが頼りになるよねぇ」
「はぁ? 先生が真彩の影をって、あの先生、やっぱりそういうの視えるの?」
「いや、視えない。でも、存在は知ってる人。だから、ほら」
カナトはポケットから封筒を出した。走りながら、器用に爪で封を切る。中から白い短冊のような紙が出てきた。揺れて見づらいが、その札には墨で模様が描かれている。
「じゃーん、封じの札をもらいました!」
「なんだそれ! なんかすげー!」
急に頼もしく見えるから不思議だ。カナトも得意げに笑っている。
「これさえあれば影の動きは止められる」
影はどんどん勢いを増し、大きく膨れつつ猛スピードで道路を滑走する。それを見失わないように追いかける。
「こいつを使って、真彩ちゃんの思考を一旦ストップさせよう。最後の大勝負だ。ちゃんと働いてくれよ、サトルくん」
「おう!」
多分、これが真彩にできることだと思う。助けたい。今はその一心で、真っ直ぐに先を見つめた。
「えっ、なんで?」
いつの間に待ちぼうけを食らってたのか分からず、サトルは立ち上がってすぐに公園を出た。学校に戻るも、真彩の姿はどこにもない。駅までの道にも。駅の中にも。ホームにも。
「なんだよ、あいつ。急に帰って……」
どうにも分からず、サトルは学校へ引き返した。校門を閉めようとする岩蕗先生をやり過ごす。先生には本当に影が視えていないらしい。
「おや、置いてかれたみたいだねぇ」
昇降口に入ると、白いパーカーが傘立てに座っていた。
「帰らないとやばいんじゃねーの?」
サトルはつーんと冷たく返し、外にいる先生を指差した。
「ちょっと野暮用でね。先生を待ってるんだ」
「ふうん……」
サトルは適当に返事をした。視線を変える。
外は暮れなずみ、暗く陰っている。時刻はすでに十九時。真彩はもう家についただろうか。耽っていると、カナトが冷やかしたっぷりにため息を吐いた。
「はぁーあ。意気込んだ結果がこれとは。僕も応援のし甲斐がないよ。片思いはつらいねぇ」
「何を勘違いしてるのか分かんねーけど、俺は別に真彩のことを恋愛感情で見てるわけじゃない」
置いていかれたことも相まって、サトルの声はいつにも増してぶっきらぼうになってしまう。
「それに、はっきりしたところで、そういうのはどうしようもないだろ。俺はもう死んでるんだから」
「でも、感情は生きてる」
あっけらかんと軽い口調で返され、サトルはカナトをじっとりと見た。
「……お前、幽霊の敵じゃなかったっけ?」
「昨日の敵は今日の友だよ」
「………」
もう何も言うまい。
サトルは名残惜しく外を見た。静かな昇降口から校庭の部活生は見えないが、賑やかな音がまったく聴こえない。下校の時刻はとっくに過ぎている。相変わらず、校門の影はじっと佇んでいる。真彩の後悔はいつになったら消えるんだろう――
「……ん?」
校門の黒い影が一回り大きくなった。フラフラと危なっかしく歩きだす。
「おい、カナト」
影を睨んだまま呼ぶと、カナトはのんびりと反応した。傘立てから降りる彼も、前方の校門を見る。瞬間、フードの下から息を飲む音が聴こえた。
「動いたか」
待ちわびていたかのような言い方。カナトはそのまま外へ飛び出した。サトルも慌てて白パーカーのあとを追いかける。
「なぁ、おい、あれってもしかして」
「あぁ。真彩ちゃんが動いたね」
「ってことは?」
「彼女の心になんらかのストレスがかかっている」
影は先ほどより濃度を増し、膨らんだ。こちらに気づく様子はなく、何かを探すように右往左往する。
「これは並大抵のことじゃないぞ。真実を知ってしまったのか――」
「真実?」
「あ、いや。なんでもない」
カナトにしては下手に慌ててごまかした。それを問い詰めようと口を開くも、影の膨張がさらに早まる。このままでは真彩に危険が及ぶかもしれない。
「おい、お前、祓い屋だろ! なんか、祓う以外にできねーのかよ!」
「だから、あれを祓ったら真彩ちゃんが危ないって言っただろう」
ああ言えばこう言う。融通が利かないのがもどかしい。それはどうやら、カナトも同じなのか唇を噛み締めていた。
そうこうしているうちに、影はこちらを向いて滑らかに上昇し、二人の間をすり抜けていく。学校を飲み込む勢いで空に覆いかぶさった。
その時、
「深影くん」
遠くの方から女性の声が聴こえてきた。呼ばれたわけではないが振り向くと、カナトも同様に振り返った。風に煽られ、髪を耳にかけながらこちらにくるのは岩蕗先生。校庭から悠長に歩いてくる。
「岩蕗センセー! 待ちくたびれましたよー!」
カナトが大仰に両手を広げた。サトルは何がなんだか分からず、立ち止まる。その間にも影は校門をくぐり抜けていった。
先生の目がその影を追いかける。視えていないはずだ。それなのに、何故かこちらとも目が合ったような気がしてサトルは後ろに下がった。対して、先生は見透かすように目を細め、それからカナトのところへ真っ直ぐ駆け寄る。持っていた白い封筒を差し出してきた。
「頼まれていたもの、持ってきたけれど。これでどうにかできるの?」
「最高に役立ちます!」
「そう……それなら、一ノ瀬さんをよろしくね」
「まかせてください! よし、行こう、サトルくん!」
カナトは上機嫌に言うと、封筒をパーカーのポケットに入れ、地面を蹴った。サトルもすぐに追いかける。先生はもうこちらには関心がないのか、昇降口へ消えた。
「おい、カナト! さっきのどういうことだよ!」
走りながら聞く。まったく何がなんだか分からない。
「あぁ、岩蕗センセーのことだね。あの人が僕に真彩ちゃんの影を知らせてくれたんだ。おかげで対処法までもらったし、さすが頼りになるよねぇ」
「はぁ? 先生が真彩の影をって、あの先生、やっぱりそういうの視えるの?」
「いや、視えない。でも、存在は知ってる人。だから、ほら」
カナトはポケットから封筒を出した。走りながら、器用に爪で封を切る。中から白い短冊のような紙が出てきた。揺れて見づらいが、その札には墨で模様が描かれている。
「じゃーん、封じの札をもらいました!」
「なんだそれ! なんかすげー!」
急に頼もしく見えるから不思議だ。カナトも得意げに笑っている。
「これさえあれば影の動きは止められる」
影はどんどん勢いを増し、大きく膨れつつ猛スピードで道路を滑走する。それを見失わないように追いかける。
「こいつを使って、真彩ちゃんの思考を一旦ストップさせよう。最後の大勝負だ。ちゃんと働いてくれよ、サトルくん」
「おう!」
多分、これが真彩にできることだと思う。助けたい。今はその一心で、真っ直ぐに先を見つめた。