母に見せようか。見せて、二人で全く新しい人生を始めるのだ。

 行ったこともない町。全く新しい名前。そんな環境で暮らす私と母親の姿を想像していた。

 母は事務員をしていて、基本的には定時で仕事を上がってくるけれども、繁忙期になると残業もある。その時は私が晩御飯を作って、それを食べるのだけれども、母は仕事をしない上司や、空気を読まない同僚の愚痴を口にし始める。

 まぁまぁそんなこと言ってもはじまらないし、割り切って仕事してよ。
 
 あんたは仕事をしたことがないから、そんなことが言えるのよ。

 母の苛立ちは収まらず、ちょっとした親子喧嘩になる。

 そこまで想像して、途端に馬鹿らしくなる。そんなことはありえない。母が胡桃山の姓にこだわっている間は何も変わらない。

 ため息をつき、チラシを鞄の奥にチラシを押し込んだ。下手に部屋のゴミ箱には捨てられない。母に見つかる前に、どこか人目につかないゴミ箱にでも捨ててしまおう。

 日々、緊張の連続だ。いつ周囲が事件のことに気づくかもしれない。事件以降、心が穏やかになったことは一度もない。

 そうこうしているうちに、私はチラシのことを失念していた。