ヴェルト・マギーア ソフィアと竜の島

☆ ☆ ☆

サファイアと別れた俺は、前にも来たことのある遺跡へと向かった。

​俺は慣れた足取りで、巨大な岩壁に穿たれた洞窟の入り口へと向かった。

一歩足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を刺す。壁面には白竜の姿を象ったレリーフが幾重にも施されている。

それらは時を経て摩耗し苔に覆われている部分もあるが、かつての荘厳さを今もなお感じさせた。

​そのレリーフのさらに奥、中心部へと続く壁画には魔人王と光の巫女が描かれていた。

それだけでなく、世界が破滅へと向かう光景も鮮明に描かれている。

壁画を追って進んでいくと、中心には巨大な木があり、その根本には光に包まれた一人の女性が描かれていた。

その光景を目にした俺は、冷たい瞳を浮かべた。

​内部は、天然の洞窟と人工的な建造物が複雑に組み合わさっている。

天井からは鍾乳石が幾つも垂れ下がり、磨かれた床には水が溜まり、天井からの水滴が規則的な音を立てていた。

​さらに奥へと進むと空間は一気に広がり、天井に穿たれた大きな穴から、満月や星々が光を差し込んでいる。

その光は、床に散らばる水晶の欠片を照らし幻想的な輝きを放っていた。

この場所こそ、エーデルがいつも鎮座していた場所だ。

かつては竜の息吹と力が満ちていたこの空間も、今は静寂に包まれている。​ここは白竜エーデルが居を構えていた。

そのおかげで、この島ラスールでは最も安全な場所とされていた。

しかし、その島を守っていたはずのエーデルは、どうやら一ヶ月前に姿を消したらしい。

​それは一体なぜなのか――

その謎を探るため、そしてエーデルと交わした約束を果たすため、俺はここにやって来たんだ。

​彼女たちがこの島に来ているのは、完全に想定外だったけどな。

​真夜中の暗い森の中で、兎人族に襲われていた彼女たちを見つけたとき、一瞬助けようかと思った。

だが、彼女の周囲には三人の腕利きの騎士たちがいたし、何より俺の居場所をカレンに知られるわけにはいかなかった。

​だから、彼女たちの様子をうかがっていたベルに声をかけた。

ベルたち森人族と俺は、ある約束を交わしている。その約束がある限り、ベルは俺の言葉に逆らうことはできない。

​もちろん、その力を悪用するつもりはない。

むしろ彼女たちにはこの先、ある重要なことで俺の助けとなってもらうつもりだ。

​「さて、とりあえずフォルとライガーから聞いた話をまとめるか」

​そう呟き、俺はさっき聞いたばかりの出来事を頭の中で整理し始めた。

​☆ ☆ ☆

​時間はとうに真夜中を回り、月明かりがぼんやりと部屋を照らしていた。

​そんな中、アポなしで俺が突然現れたのを見て、フォルは心底嫌そうな顔を隠そうともしなかった。

​フォルは、全身を白銀と漆黒の毛で覆われた大柄な狼人族だ。

その筋肉質な体には、数々の戦いを生き抜いてきた証しのように無数の傷跡が刻まれている。

頬から体へと続く白い毛の中に、深く刻まれた傷跡が幾筋も走っているのが見える。

鋭い感覚を宿した深紅の瞳は、警戒心と知性を同時に感じさせる。しかし今は疲労と警戒の色が浮かんでいる。

その表情に少しだけ首を傾げながら俺は静かにフードを取り、近くにあったごつごつとした岩を削って作られた椅子に腰かけた。

​部屋の中にフォル以外に気配はない。

しんと静まり返った空間に、風が吹き抜ける微かな音が響く。

これなら、込み入った話ができそうだ。

​「突然、何の用だ? お前が自らここに来るなんて、何年ぶりだ?」

​フォルは腕を組み、不機嫌そうに言った。

​「さあな、忘れた。でも、俺が最後にここに来たときは、お前はまだクソ生意気なガキだったな」

​「……」

​俺の言葉に、フォルはさらに眉間にしわを寄せ顔を左にそらした。

その反応を見て俺は内心ニヤリと笑ったが、すぐに表情を引き締め真剣な眼差しを向けた。

​「今日は昔話をしに来たんじゃない」

​俺の言葉を聞き、フォルは既に何を聞かれるか察しているようだった。

彼の鋭い深紅の瞳が、じっと俺の様子をうかがう。

その視線に一瞬の躊躇もなく、俺は問いかけた。

​「単刀直入に聞くぞ」