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闘技場を後にした私は、静かな森の中を歩いていた。

降り注ぐ木漏れ日が、足元の苔生した大地にまだらな光の模様を描いている。

目的地である遺跡が目の前に姿を現し、思わず安堵の息を漏らした時だった。

​「やっぱり来ていたんだな。姿を見せたらどうだ?」

​親しみを込めた私の声に、木々の梢がざわめき、一人の男が地面に音もなく降り立った。

被っていたフードを下ろしたその顔は、他でもない私の古くからの知人だった。

「やはり見ていたんだな、見ていたならついでにお前も戦いに参加したらよかったのに」

​「いや、悪いけど遠慮させてもらう。さすがにまだ、あの子と戦う気にはなれない」

彼は気まずそうに苦笑を浮かべてそう口にした。

その様子は、本当に戦いを避けたがっているようだった。

そんなにまでして私に任せたかったのかと、内心で思いながら、私は腕を組んで彼を見つめる。

​「それに、お前一人でも十分だと思っていた。そうだろ? 氷の女神――サファイア様」

​「……その呼び方はやめろ」

​氷の女神。

その耳慣れた、だが私が最も嫌う呼び名に、私の肩が一瞬だけぴくりと跳ねた。

胸の奥底から込み上げてくる苛立ちを押し殺し、私は静かに彼を睨みつけた。

本当に誰もかれもが私をそう呼ぶ。そのたびに、過去の忌まわしい記憶が蘇るのだ。

​「それで、どうだった? 久しぶりの魔人族の相手は?」

​その問いに、私は何も答えず視線を逸らした。魔人族と戦ったのは、今回が初めてではない。それは、私にとって辛い記憶の一つだった。

​「お願い……サファイア。彼を……止めて!」

​あの時の悲痛な彼女の声が、耳の奥で鮮やかに蘇る。

​脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。

全身が黒い炎に包まれ、その身から禍々しいオーラを放つ魔人王の姿。

地面には無数の仲間たちが倒れ伏し、その血が大地を赤く染めている。

彼の瞳には、もはや理性のかけらもなかった。

それは純粋な破壊の意志を宿した、ただの怪物だった。

​その時の絶望的な無力感が、今も私の心を苛む。

​「大したことない。魔人ソフィアの力はまだ幼い方だ。本物の魔人王と比べたら、私の足元にも及ばない」

​「マジかよ……。俺は見ていて鳥肌が立ったんだけどな」

​彼はそう言いながら、今も鳥肌が立っている自分の腕をさすった。

その拍子に、彼の首から提げられた翡翠の石が、太陽の光を反射してかすかにきらめいた。

その鮮やかな翡翠の光は、私の瞳に焼き付くほどに眩しく、私はそれをじっと見つめていた。