☆ ☆ ☆
闘技場を後にした私は、静かな森の中を歩いていた。
降り注ぐ木漏れ日が、足元の苔生した大地にまだらな光の模様を描いている。
目的地である遺跡が目の前に姿を現し、思わず安堵の息を漏らした時だった。
「やっぱり来ていたんだな。姿を見せたらどうだ?」
親しみを込めた私の声に、木々の梢がざわめき、一人の男が地面に音もなく降り立った。
被っていたフードを下ろしたその顔は、他でもない私の古くからの知人だった。
「やはり見ていたんだな、見ていたならついでにお前も戦いに参加したらよかったのに」
「いや、悪いけど遠慮させてもらう。さすがにまだ、あの子と戦う気にはなれない」
彼は気まずそうに苦笑を浮かべてそう口にした。
その様子は、本当に戦いを避けたがっているようだった。
そんなにまでして私に任せたかったのかと、内心で思いながら、私は腕を組んで彼を見つめる。
「それに、お前一人でも十分だと思っていた。そうだろ? 氷の女神――サファイア様」
「……その呼び方はやめろ」
氷の女神。
その耳慣れた、だが私が最も嫌う呼び名に、私の肩が一瞬だけぴくりと跳ねた。
胸の奥底から込み上げてくる苛立ちを押し殺し、私は静かに彼を睨みつけた。
本当に誰もかれもが私をそう呼ぶ。そのたびに、過去の忌まわしい記憶が蘇るのだ。
「それで、どうだった? 久しぶりの魔人族の相手は?」
その問いに、私は何も答えず視線を逸らした。魔人族と戦ったのは、今回が初めてではない。それは、私にとって辛い記憶の一つだった。
「お願い……サファイア。彼を……止めて!」
あの時の悲痛な彼女の声が、耳の奥で鮮やかに蘇る。
脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。
全身が黒い炎に包まれ、その身から禍々しいオーラを放つ魔人王の姿。
地面には無数の仲間たちが倒れ伏し、その血が大地を赤く染めている。
彼の瞳には、もはや理性のかけらもなかった。
それは純粋な破壊の意志を宿した、ただの怪物だった。
その時の絶望的な無力感が、今も私の心を苛む。
「大したことない。魔人ソフィアの力はまだ幼い方だ。本物の魔人王と比べたら、私の足元にも及ばない」
「マジかよ……。俺は見ていて鳥肌が立ったんだけどな」
彼はそう言いながら、今も鳥肌が立っている自分の腕をさすった。
その拍子に、彼の首から提げられた翡翠の石が、太陽の光を反射してかすかにきらめいた。
その鮮やかな翡翠の光は、私の瞳に焼き付くほどに眩しく、私はそれをじっと見つめていた。
闘技場を後にした私は、静かな森の中を歩いていた。
降り注ぐ木漏れ日が、足元の苔生した大地にまだらな光の模様を描いている。
目的地である遺跡が目の前に姿を現し、思わず安堵の息を漏らした時だった。
「やっぱり来ていたんだな。姿を見せたらどうだ?」
親しみを込めた私の声に、木々の梢がざわめき、一人の男が地面に音もなく降り立った。
被っていたフードを下ろしたその顔は、他でもない私の古くからの知人だった。
「やはり見ていたんだな、見ていたならついでにお前も戦いに参加したらよかったのに」
「いや、悪いけど遠慮させてもらう。さすがにまだ、あの子と戦う気にはなれない」
彼は気まずそうに苦笑を浮かべてそう口にした。
その様子は、本当に戦いを避けたがっているようだった。
そんなにまでして私に任せたかったのかと、内心で思いながら、私は腕を組んで彼を見つめる。
「それに、お前一人でも十分だと思っていた。そうだろ? 氷の女神――サファイア様」
「……その呼び方はやめろ」
氷の女神。
その耳慣れた、だが私が最も嫌う呼び名に、私の肩が一瞬だけぴくりと跳ねた。
胸の奥底から込み上げてくる苛立ちを押し殺し、私は静かに彼を睨みつけた。
本当に誰もかれもが私をそう呼ぶ。そのたびに、過去の忌まわしい記憶が蘇るのだ。
「それで、どうだった? 久しぶりの魔人族の相手は?」
その問いに、私は何も答えず視線を逸らした。魔人族と戦ったのは、今回が初めてではない。それは、私にとって辛い記憶の一つだった。
「お願い……サファイア。彼を……止めて!」
あの時の悲痛な彼女の声が、耳の奥で鮮やかに蘇る。
脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。
全身が黒い炎に包まれ、その身から禍々しいオーラを放つ魔人王の姿。
地面には無数の仲間たちが倒れ伏し、その血が大地を赤く染めている。
彼の瞳には、もはや理性のかけらもなかった。
それは純粋な破壊の意志を宿した、ただの怪物だった。
その時の絶望的な無力感が、今も私の心を苛む。
「大したことない。魔人ソフィアの力はまだ幼い方だ。本物の魔人王と比べたら、私の足元にも及ばない」
「マジかよ……。俺は見ていて鳥肌が立ったんだけどな」
彼はそう言いながら、今も鳥肌が立っている自分の腕をさすった。
その拍子に、彼の首から提げられた翡翠の石が、太陽の光を反射してかすかにきらめいた。
その鮮やかな翡翠の光は、私の瞳に焼き付くほどに眩しく、私はそれをじっと見つめていた。


