魔人ソフィアは、高らかに、そして楽しそうに笑いながら、ザハラに重い一撃を叩き込んでいく。

彼女の瞳には、ただ破壊を求める狂気だけが宿っていた。

​ザハラは、辛うじてソフィアの一撃を剣で受け止める。その刃は、ソフィアの拳とぶつかり、甲高い金属音を響かせた。

​「ふふっ……やるじゃない、ザハラ! まだ私を楽しませてくれるの?」

​ソフィアは嘲笑うように呟き、そのまま剣を押し返した。

ザハラの体が宙に浮き、闘技場の壁へと叩きつけられる。土煙の中から、ザハラは血を吐きながら立ち上がった。

​「くっ……!」

​「あはははは! ああ、楽しい! もっともっと楽しませてよ!!!」

​ソフィアは、さらに楽しそうに叫びながらザハラの腕を掴むと、彼女の体を力任せに地面へと叩きつけた。

​「うぐっ!」

​「ザハラ様!」

​ソフィアは黒い翼で軽やかに空を舞い上がり、闘技場全体を見下ろせる位置まで行くと、楽しげに左手を頭上にかざした。

​「今すぐ、楽にしてあげる」

​ソフィアはニヤリと笑みを浮かべる。そのあまりに邪悪で、心から戦いと破壊を楽しんでいるような表情に、俺の体に鳥肌が立った。

​「ソフィア! やめろ! ソフィア!!」

​叫び声は喉から絞り出されたが、それは空虚な空間に吸い込まれるだけだった。

何度名前を呼んでも、彼女の表情は変わらない。俺の声は届かず、その無力感が俺をさらに深く絶望の淵に突き落とした。

​「……こんなところで」

​俺は腕に力を込める。

しかし今の俺は魔力を使えない。

魔力を引き出そうともがくが、手枷はびくともしない。どんなにもがいても、どんなに力を込めても、外れる気配はない。

​「こんなところで! ソフィアを失ってたまるかぁぁぁぁ!!!」

​その時、俺の瞳が紅く染まる。その色は魔人ソフィアと同じ、燃え盛る深紅の瞳だった。

​ソフィアの血に流れる魔人族の魔力が、彼女の体を直そうと細胞たちに働きかけるんだったら、俺だって似たようなことが出来るはずだ。

​俺は目を閉じて深呼吸する。

自分の血に流れる魔人族の魔力に、いい聞かせるように、静かに語りかけた。

​「我が血に流れる魔人族の魔力よ……。我が雫から、魔力を引き出せ」

​血管が浮き上がり、肌が裂けるように激しい痛みが俺の体を襲う。

それでも俺は叫び続けた。

体中の血が沸騰するかのように熱くなり、手足の先から力が湧き上がっていく。

それは魔人族の魔力と、俺の魔力が共鳴し呼応しあっているようだった。

​「うおおおお!」

​腕に力を込めて手枷を外そうと踏ん張った。

すると、手足を拘束していた手枷にヒビが入る。

それはまるで、俺の意志に応えるかのように、勢いよく粉々になって辺りに飛び散った。

​「す、すごい……」

​自分自身の体が、意志とは関係なく動いているように感じた。

俺はそのまま地面へと下り立ち、ソフィアの元へ急いだ。

​「やめるんだ! ソフィア!!」

​しかし、彼女の目に俺の姿は映らない。

頭上に手をかざしているソフィアは、まるで自分の運命を嘲笑うかのように、ゆっくりと、しかし確実に詠唱を始める。

​「暗黒の世界より来たれる闇の精霊よ、黒の精霊よ、この者に永遠なる闇を与え給え」

​「ソフィア!!!」

​ソフィアはゾクゾクするような笑みを浮かべ、かざしていた左手を振り下ろして叫んだ。

​「永遠なる闇の中へと誘われよ、永遠の闇(エターナルホンセ)!!」

​黒く大きな黒玉がソフィアの頭上に作り出されると、それはザハラ目掛けて降り注がれた。

​そんな中、俺はザハラの前に立った。

​ソフィアは、その場に固まった。

彼女の狂気に満ちた瞳からゆっくりと光が戻り、焦点を結んでいく。

そしてその瞳の中に、はっきりと俺の姿を映し出した。

​「……アレス?」

​彼女の声はか細く、信じられないものを見るかのようだった。

その一瞬の躊躇いが、ソフィアの顔を焦燥で染め上げた。