「や、めて……! その三人は……関係ない!」
 
「仕方のないことです。あなたは私に力を示すことができなかったのですから」
 
ザハラは冷酷な眼差しでそう言うと、私の体を地面へと強く叩きつけた。

​「がはっ!!」
 
背中に激しい痛みが走り、息が詰まる。ザハラは私から手を放すと、迷いなくアレスたちの方へ向き直った。

​「そこで大人しく寝ていてください。目が覚めた頃には、全てが終わっていますから」
 
もう体を動かすことなんてできなかった。体中が熱を持っていて、息をするのだってやっとだった。

ザハラが、一歩、また一歩と、アレスたちに近づいていく。

​「……だ、め……」
 
今の私じゃ……みんなを守れない。

今すぐ立ち上がって、ザハラを追いかけることすらできない。

​その時、私の中に流れる魔人族の血が、激しく脈打ち始めた。

私の体が震え、内側から熱い何かが込み上げてくる。

​『だから私と変われば良かったのよ』
 
私の心の中の暗闇で、私に背を向けているもう一人の私の声が聞こえた。

​『私と一つになれば、あなたは救われるのよ。もう苦しむ必要だってなくなるわ?』
 
「救いなんて……求めてない」
 
私が今心から求めるのは、みんなを守れる力だ。それが今すぐ手に入るんだったら、他には何もいらない!!

​その時、脳裏にアレスたちの笑顔が浮かんだ。

​「ソフィア、お前は俺が守るから」

​アレスの力強い言葉が聞こえる。

カレンとロキがいつものように喧嘩している。

​みんなと出会ってからの楽しい日々が、走馬灯のように駆け巡った。

ここに来るまで途中で見た夕日、たわいもないことで笑い合った時間。

​もう、これ以上大切な人たちが傷つくのを見るのは嫌だ。

私を助けるために、みんなが危険な目に遭うのはもう嫌なんだ!

​『ふーん。じゃあ私が代わりに戦ってあげる』
 
もう一人の私は、私の体を後ろから優しく抱きしめ、耳元で甘く囁き告げる。

​『早くしないと、アレスが殺されるわよ』
 
「っ!」
 
その言葉が、私の心に深く突き刺さった。

アレスを、カレンを、ロキを……守りたい。

その強い想いが、私の中に眠る力を呼び覚ます。

​私の瞳が紅く染まり上がり、薄っすらと体に禍々しい紋章が浮かび上がった。

​「それで……みんなが助かるなら……」
 
私の髪は、ゆっくりと銀色へと変わっていく。

​「私は……あなたに全てを捧げる」

​『ふふっ。良い判断ね。そう言うあなたは嫌いじゃないわ。あなたの心、感情、思考は全て私のものよ』
 
その言葉を最後に、私の意識は途切れた。

遠ざかる意識の中で、私はただ一つの想いを胸に抱いていた。

​「ごめんなさい……アレス」