​「唯一、あの子を引き止める事が出来るとするなら……アレス」

​「えっ?」

​「あなたにしか出来ないことよ」
 
カレンのその言葉に俺は目を見開く。
 
俺にしか出来ないことって、どういうことなんだ?

​「世界の魔法の事件で、魔人化したソフィアの力に飲まれそうになったあの子を、あなたは呼び戻す事が出来た。だから、あなたならきっとソフィアを救う事が出来るのよ」

​「……俺が」

でも……いったいどうすれば良いって言うんだ? 

​今の俺はソフィアに声を届けることすらできない。そばにいてあげることもできないんだ!
 
そんな状況で、俺の声が届くっていうのか!?

​「くっ……」
 
ソフィアの笑顔が脳裏に浮かんで、今すぐ助けに行けないことに苛立ちを感じていた時だった。

​「みなさん、お待たせしました〜」
 
その声に俺たちは一斉に牢屋の外へと視線を送った。

​するとそこには、俺たちを牢屋にぶち込んだ張本人、ヨルンがにこにこしながら立っていた。

​「準備って、いったい何の準備なのかしら?」
 
カレンはヨルンの柔らかな雰囲気に惑わされず、冷静に問いかける。

​「ザハラ様とソフィア様の戦いです」
 
ヨルンはにこやかな表情のまま、あっさりとそう答えた。

​「戦いだと……ふざけるな! 何のためにソフィアを戦わせるつもりだ!」
 
俺は鉄格子を掴んでヨルンに叫んだ。

​「お言葉ですが、これはザハラ様のご命令なので」

​ヨルンは俺の怒りなど気にも留めず、軽く息を吐くように言葉を続ける。
 
「それに、今この場所からソフィア様を助けられる人間は、あなた方の中には一人もいませんよ」
 
ヨルンの冷たい言葉に、俺は歯を食いしばる。

​「今のソフィアは自由に魔法を使えないんだ! 魔法を使ったらソフィアの体は!」

​「魔人族の血を引かれるソフィア様なら、なんとかなりますって」

​「……なんとか、だと?!」

​俺は鉄格子を掴む手に力を込めて唇を噛んだ。

​「いい加減にしろ! お前達の目的はなんだ!」
 
その時、沈黙を破ってアレスがヨルンに鋭く問いかけた。

​「我々竜人族は、かつて魔人族の王に仕えていました。しかし、魔人族は人間族に滅ぼされ、私たちも人間族や他種族から狙われました。そのため、エア様から与えられた領土を捨て、この地に逃げ延びたのです。それからずっと、私たちは新たな魔人王が現れるのを待ち望んでいました」
 
ヨルンは淀みなく話し続ける。

その言葉にはどこか、過去の過ちを繰り返してはならないという強い意志が感じられた。
 
「ザハラ様は、魔人の血を引くソフィア様が、我々竜人族が仕えるに値する存在なのかを確かめようとしています。ソフィア様が真の魔人族の王となるに相応しいのかどうか……それを戦いで見極めようというわけです。僕たちが魔人族に仕えるのは、先代の魔人王と光の巫女との約束でもあり、竜人族の悲願でもあるのですから」
 
ヨルンの言葉に、カレンが信じられないといった表情で呟いた。
 
「そんな……人の命を犠牲にして、そんな大それたことを……」

​「犠牲などではありません。これは、新たな王を迎えるための儀式です」
 
ヨルンはそう言って、にこやかに牢屋に歩み寄る。

​「ささ、それでは参りましょうか」
 
ヨルンのその一言によって、俺たちがいる牢屋の中に白い煙が注がれる。

​「こ、これは!」
 
真夜中の森で吸った霧と同じもの?!

​「あなた方には少しばかり、夢の中に行ってもらいます」

​「い、いったい……何のために……!」
 
何とか必死に意識を保とうとしたが、霧の毒が一気に全身に回ったことにより、牢屋の中にいた俺たちは全員意識を手放した。

​「これでソフィア様の戦う理由ができましたよ。ザハラ様」
 
そう言ってヨルンはにやりと笑みを浮かべた。