​「私はサファイアの本当の主でありません。ただ、一時的に主としてその力を借りているだけ」

​「ふうん。だからあなたから魔力補給ができないサファイアは、本来の力を十分に発揮できないのね」

​テトの言葉に、俺は信じられない思いで声を上げた。

​「で、でも忘却の山では、絶対零度(ゼロアブソルート)の魔法を使えていたじゃないか!」

​カレンは俺たちを助けるために、サファイアの魔力を使って超上級魔法の絶対零度を放った。あの絶大な力が、ただの一時的なものだというのか?

​「あなたが思っている以上に、魔剣というのは複雑な存在よ。魔剣はただの武器じゃない。内に秘めた膨大な力を扱うためには、その持ち主の『魔力回路』と『魔剣の核』を完璧に同調させる必要があるの」

​テトは話を続ける。

​「魔力回路は、人の体の中を流れる魔力の経路。そして魔剣の核は、魔剣の剣柄に宿る、魔力の源よ。普通、魔剣はその核を中心に持ち主の魔力と共鳴し、その魔力回路を通して力を引き出す。けれど、サファイアのような特別な魔剣は、持ち主の魔力回路が未熟だと十分に共鳴できず、ほんのわずかな力しか引き出せないの」

​俺はただ、テトの詳しい説明に圧倒される。だが、一つの疑問が頭に浮かんだ。

​「なんでそんなに詳しいんだ、テト?」

​テトは少し考えるような素振りを見せたが、すぐにいつもの調子に戻ってひらひらと手を振った。

​「さあ? なんとなくだもの」

​テトに話をはぐらかされ、俺はそれ以上聞くことができなかった。

​「おそらくサファイアは、あの時に負った傷がまだ癒えていないのね。あなたから十分な魔力をもらえないから」

​カレンは俯いたまま、静かに言葉を続けた。

「……あなたの言う通りです。サファイアの傷は癒えていません。私が真の主であれば、私の魔力を送ることで傷を癒やすことができます。ですが……今の私にはそれができません」

​そう言ってカレンは、悔しさからか目に涙を浮かべた。

しかし、俺にはまだ一つ、腑に落ちないことがあった。

​「なぜお前は一時的とはいえ、サファイアの主になっているんだ? まさか、サファイアの真の主は他にいるのか?」

​俺の言葉に、カレンはゆっくりと首を横に振った。

​「一時的な主とはいえ、いずれ私は正式なサファイアの主になります。そうなるように……言われているから」

​その言葉を聞いたテトが、カレンをじっと見つめ、静かに尋ねた。

​「誰に?」

​カレンは一瞬言葉を詰まらせた。その瞳に動揺がよぎったのを、俺は見逃さなかった。

​「……それは、言えません」

​カレンは再び顔を伏せ、テトの問いに答えようとはしなかった。

​確かに、前にサファイアの主になった経緯についてカレンに問いかけたことがあった。

だが、彼女は「覚えていない」と言って、詳しく話してくれなかった。

​もしかして、それも今回の「一時的な主」であることと何か関係があるのだろうか?