​私は、この人は悪い人じゃないと信じていた。

村の人々から慕われ、守り神であるエーデルの行方を話すときの、あの悲しげな表情。

その顔を見て、彼女は心からエーデルを大切に想っているのだと、そう感じたからだ。

​なのに……なぜ!

私は唇を噛みしめ、目の前を歩くザハラの背中をじっと睨みつけた。

​ザハラに連れてこられたのは、古びた闘技場だった。

​「……闘技場?」

​もはや闘技場と呼ぶのもおこがましい。

長らく手入れがされていないのだろう。

積み重なった瓦礫の間からはツルが伸び、客席のほとんどは崩れ落ちていた。

​「まさか、ここで私と戦えと?」

​「ええ、そうです」

​その言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。今の私は、魔法を思うように使えないというのに。

​「どうして……?」

​「それが、この地の掟ですから」

​ザハラは剣の柄に手をかけたまま、私をじっと見つめる。

​「一つ聞いてもいいですか?」

​「なんでしょう?」

​「さっきあなたが言っていた『仕えるのに値する存在』って、どういう意味なの?」

​私の問いに、ザハラはなぜか驚いた表情を浮かべた。

その反応に、私は小さく首を傾げる。

​「まさか、ご自身で自覚がないのですか?」

​「っ!」

​『自覚がない』。その言葉は、以前サルワにも言われた言葉だった。「まさか、魔人族としての自覚がないとは思いませんでした」と。

​その時の言葉が頭の中で蘇り、私の体は震え始める。

​「なぜ、そんなことを……」

​ザハラは私の動揺に気づくことなく、軽く息を吐くと語り始めた。

​「では、あなたに詳しくお話ししましょう。魔人族と、私たち竜人族の関係を」

​「魔人族……!」

​冷たい風が私たち二人の間を通り過ぎていく。

この闘技場での出来事を、遠くから傍観している人物がいることに、私たちはまだ気づいていなかった。