​「竜一匹が隠れられる場所があるとしたら……」

​「忘却の山以外には存在しないわね」

​カレンの言葉に、私も同意する。

​「私もそう思います」

​確かにあの山ならば、竜一匹が身を隠すには十分すぎる広さだ。

しかし、どれほど強大な竜であっても、一度足を踏み入れれば記憶を忘却してしまう。

ムニンのように、忘却の魔法を防ぐ方法でも取らない限りは。

​「だがあの山には今、魔法警察が出入りしている。今のところ、竜を見たという報告は入っていない」

​「……そうですか」

​ザハラは悔しそうにそう呟くと、拳をぎゅっと握りしめる。

その姿を見て、私たちでは彼女たちの力になれないのかもしれないと感じた、その時だった。

​「でも、竜探しは引き受けるよ」

​アレスの言葉に、ザハラは瞳を揺らし、それから苦笑した。

​「……よろしいのですか?」

​「ああ、構わないさ。困っている人を見捨てるなんて、俺の流儀じゃない」

​「まったくだね! アレスらしいや」

​ロキはにやりと笑い、カレンも小さく笑みをこぼす。

​「ふふ、本当に……変わらないね」

​つられて私も笑顔を浮かべ、心の中で「やっぱり」とつぶやいた。

​「……では、依頼は成立ということでよろしいですね?」

​「ああ、いいぜ」

​ザハラは立ち上がり、私たちを見下ろす。

​「でしたら、あなた方にもう一つお話ししておきたいことがあります」

​「なんでしょう?」

​ザハラは部屋の扉のそばに立つと、私たちに視線を巡らせる。

​「なぜ、我々竜人族がエアから与えられた領土を捨て、この地に移り住んだのか……そのお話です。ですが、その前に……」

​彼女はドアノブに手をかけ、力強く扉を引く。

その瞬間、剣や槍で武装した竜人族たちが、一斉に部屋へと流れ込んできた。

​「なっ!」

​「いきなり何を!」

​反撃する間も与えず、竜人族たちは私たちを取り囲む。

そのうちの何人かが、私をアレスから引き離した。

​「あ、アレス!」

​「ソフィア!」

​アレスの手が私に向かって伸ばされる。

その手を掴もうとした瞬間、代わりにザハラの手が私の手首を力強く掴んだ。

​「痛っ!」

​ザハラは鋭い眼差しでアレスたちに目を戻す。

​「ザハラ! これはどういうことだ!」

​「どういうこと……? そんなこと、決まっているでしょう」

​ザハラは背中の鞘から剣を抜き、その切っ先を私の喉元に突きつける。

​「この方が本当に、私たち竜人族が仕えるに値する存在なのかどうか、見極める必要があるのです!」

​彼女の言葉に、みんなは目を見開く。

​「……っ」

​私を見極める? 仕えるに値する存在? 彼女の言葉が何を意味するのか、私には理解できなかった。

​「おい、アレス! このままじゃまずいぞ!」

​「くっ……カレン!」

​アレスの叫びにうなずいたカレンは、体から冷気を発し、拘束している竜人族たちを凍らせようと試みる。

しかし――

​「無駄ですよ」

​すると、さっき慌てて家を飛び出していったヨルンが、素手のまま魔剣サファイアをカレンから奪い取った。

​「なっ!」

​その光景にカレンは目を丸くする。

​「まさか……どうして、サファイアの魔力が……!」

​「残念ですが、あなたの魔剣の力が働くことはありません」

​「な、なぜですか?! サファイアの力が働かないなんて……そんなこと、ありえない!」

​「それは、あなたが一番よく分かっているはずでしょう?」

​「っ!」

​ヨルンの言葉に、カレンはひどく怯えた表情を浮かべる。

その顔を見たロキは、目を見開いた。

​「おい……待てよ」

​怒りで体を震わせ、ロキはヨルンに向かって叫んだ。

​「今すぐサファイアをカレンに返せ! お前たちなんか、カレンにとってその辺の石ころと変わらないんだからな!」

​「…………ロキ」

​「サファイアの力が働かない? そんなことあるわけないだろ! 俺はずっとお前を見てきたから分かるんだ! カレンとサファイアは、誰にも引き離せない絆で結ばれてるんだからな!」

​「あー、もう、君はうるさい人ですね」

​ヨルンはそう言いながらロキのそばに寄ると、鋭い拳をその腹に叩き込んだ。

​「がはっ!」

​「ロキ!」

​ロキはそのまま意識を失い、床に倒れ込む。

​「さてさて、この者たちは牢屋に入れておいてください」

​その命令にうなずいた竜人族たちは、アレスたちを連行していく。

ヨルンは床に倒れているロキの手にはめられた手袋を回収した。

​「では、後は任せます。ザハラ様」

​「ええ」

​竜人族たちに連行されながら、アレスはザハラの背中に向かって叫ぶ。

​「やめろ、ザハラ! 今のソフィアと戦わないでくれ! 今のソフィアは!」

​アレスの言葉に振り返ったザハラは、彼に手をかざし手首に結晶が埋め込まれた手錠をかけた。

アレスだけでなく、カレンとロキにも。

​「なっ!」

​「これで、あなた方は魔法を使うことができません」

​私のそばにいたテトとムニンも、一緒に縛り上げられる。

​「テト! ムニン!」

​「くっそ! なんだこれ! 狼人族の姿に戻れねえ!」

​「ソフィア!」

​「っ!」

​このままじゃ、みんなが連れて行かれる!

今、立たなくちゃ!

​「離せ! ソフィア!!」

​「アレス!」

​アレスに手を伸ばそうとした瞬間、ザハラがそれを遮る。

そして、冷たい目を私に向けてきた。

​「あなたは、こちらです」

​ザハラに手首を掴まれたまま、私はある場所へと連れて行かれる。

​「放して! アレスたちをどうするつもりなの?!」

​「……」

​ザハラは何も言わずに歩き続ける。