☆ ☆ ☆

​崖の先に座り潮風に当たっていると、背後から近づいてくる足音が聞こえた。

足音は俺から少し離れた場所で止まる。

​俺は足音の主を確認することなく、じっと海を眺め続けた。

​「お前の言った通り、あの者たちをラスールへと行かせた。しかし……」

​被ったフードの中から、ベルの姿を横目で伺う。

​「本当に行かせてよかったのか? だってあそこに行けば、あいつらは……」

​「構わないさ」

​俺は近くに咲いていた花を一輪摘み取ると、躊躇なく海へと投げ入れた。

​「花はいずれ枯れるものだ。そうだろう? ベル」

​「……はい」

​ベルは不承不承といった様子で頷く。

​「ソフィアという魔人族の娘は、我々が探し求めていた存在に酷似しています。それに、アレスという男は……」

​ベルの言葉を遮るように、俺は冷たく言い放った。

​「あいつら自身のことは別にどうでもいい。重要なのは、その内に秘めている力だ」

​「ですが……」

​「これ以上、何も言うな」

​ベルは言葉を失い、俺に軽く一礼してその場から姿を消した。

​彼女の気配が完全になくなったのを感じ、俺は立ち上がって海の向こうに浮かぶラスールを見つめる。

​「準備は着々と進んでいる。今さら、止めることなんて不可能だ」

​首から下げた翡翠の石が太陽の光を反射して一瞬輝き、俺は被っていたフードをゆっくりと取る。

その拍子に潮風が強く吹き荒れ、俺の金髪を揺らした。閉じていた左目を開く。

その瞳は、冷たく、そしてどこか遠い光を宿していた。

​「さて、行くか」

​魔人族の力がどれほどのものなのか、この目で確かめさせてもらおう。

​『本当に行く気なのか?』

​空中魔法を使おうとしたその時、頭の中に直接響く声が流れた。

俺は宙に浮きかけた足を地面に戻し、声の主に問いかける。

​「それはどういう意味だ? 俺に行くなとでも言うのか?」