ムニンは剣の刀身を掴んでいた手を離すと、じっとブラウドを見つめた。

手から滴る血を気にすることなく、その瞳には強い意志が宿っている。

ブラウドが何かを言いかける。その時だった。

​「騒がしいぞ!」

​頭上から、甲高くも凛とした声が響き渡る。その声は、森の静寂を一瞬で切り裂いた。

​「こ、この声は……!」

​その声に、兎人族たちは明らかに怯え、後ずさり始める。

彼らの顔には、見覚えのある恐怖が浮かんでいた。

​「この場所を我ら森人族の縄張りと知っての争いか? ならその命を、我らに捧げると言うことで良いのか?」

​声の主の言葉に、彼らの恐怖は頂点に達する。

​「ひぃぃぃぃ!」

​「も、申し訳ございません!」

​兎人族たちは負傷した仲間を抱え、文字通り転がるようにして元来た道を戻っていった。

その必死な様子に、彼らが森人族をどれほど恐れているかが伝わってくる。

​「……森人族か」

​ブラウドが小さく呟いた。

彼の表情に、一瞬だけ警戒の色が浮かぶ。

​私はアレスに目をやった。

アレスはただムニンを見つめている。

彼の表情は、一連の出来事に対する困惑と、ムニンへの深い心配で満ちていた。

ムニンもまた、逃げていく兎人族たちに目を配っている。

​ブラウドは上を見上げると、その場でくるりと踵を返し、ムニンに背を向けた。森の奥へと戻ろうとする。

​「おい、ブラウド! 話はまだ終わってない!」

​ムニンの切羽詰まった声が飛ぶ。

​「悪いが、話はここまでだ。あんたとはまたいずれ会うだろう。その時までせいぜい死なないことだな」

​「俺は……あんたに聞きたいことが……!」

​「俺はお前と馴れ合うつもりはねえ。それに、ここは俺たちのテリトリーじゃない。長居は無用だ」

​ブラウドはそう言いながら、地面を強く蹴り、驚くほどの跳躍力で木の梢を越え、あっという間に森の闇へと消えていった。

​「くそっ……!」

​ムニンは悔しそうに拳を握りしめ、血が滲んだままの手が小刻みに震えていた。

​「おい、誰か来るぞ!」

​ロキの鋭い声に、私たちは一斉に前を向く。枯葉を踏みしめる足音が、一つ、また一つと近づいてくる。

アレスは私を背後に庇うように一歩前に出た。カレンとロキも身構える。

​そして、腰まである長い金髪を揺らしながら、その人物は私たちの前に姿を現した。

​「貴様らはなぜ、六月の岬へと向かうのだ?」

​透き通るような白い肌。

私たちと同じほどの背丈に、横に長く伸びた耳が特徴的だ。

切れ長の橙色の瞳が、私たちを鋭く見つめる。

​「我は森の番人。森人族のベル。さあ、お前たちの答えを聞かせてもらおうか」

​その凛とした声と、見る者すべてを惹きつけるような神秘的な美しさに、その場にいた誰もがこう思っただろう。

​「なんて…なんて美しいのだろう」と。