「森人族が縄張りとしているところまで行ければ、兎人族たちも手出しはできない。だからそこまで一気に行く!」

​「……森人族」

​真夜中の森で、最も強大な勢力を持つ種族なのだろう。その名を聞いただけで、私は息をのんだ。

​「森人族は、精霊たちとの繋がりが一番濃い種族だ。俺たちなんかよりも、最大限に精霊の力を引き出して魔法を操ることができる」

​「それに、森人族は魔法なんかなくても戦うことができる種族よ。そんな人たちを敵に回すことだけは、したくないかしら」

​テトの言葉に、私は頬を伝う一滴の汗を感じた。確かに、九種族にはそれぞれに適した戦い方がある。

それはきっと、かつて戦争が行われていた時代に培われたものなのだろう。

​でも、この時代では戦争は起こっていない。

エアがそれぞれの種族に領土を与え、世界を豊かにしてくれたからだ。

​なのに、どうしてまた争いをしているのだろう? エアが与えてくれた領土だけでは満足できないというの?

​「俺は見たことがないけど、森人族は美男美女だって聞いたぞ」

​アレスの言葉に、ロキが真っ先に反応する。

​「なぬっ! 美女だと!?」

​目を輝かせ、興奮した様子でアレスに詰め寄るロキ。その表情には、朝の恐怖など微塵も残っていなかった。

​「美女と言っても、その魅力を使って人間を騙したり、陥れようとするんだけど。あなたはそれでも良いのかしら?」

​「美女なら大歓迎!」

​テトの忠告にも耳を貸さず、ロキは迷いのないまっすぐな言葉を言い放った。

その純粋なまでの欲望に、テトは呆れたように目を瞬かせる。

​そして、私たち三人は顔を見合わせ、一斉に深いため息を吐いた。

​きっとみんな、同じことを思っているに違いない。

「どうしてこいつがここにいるんだ?」

と。

​そのとき、隣を走っていたカレンが、氷のように冷たい声でロキに言った。

​「ロキ、一つ忠告しておくわ。森人族の女性は、あなたのような単純な男を弄ぶのを好むわ。その軽薄な態度を改めなければ、森に迷い込んだ人間として、一生戻ってこられなくなるでしょうね」

​カレンの言葉に、ロキは一瞬だけ顔を引きつらせた。

しかし、すぐに「大丈夫だよ! 俺はどんな美女にだって負けないから!」と、虚勢を張るように笑った。

​そんなロキを冷めた目で一瞥し、カレンは「勝手にしなさい」とだけ言い放つと、再び前を向いた。

​ロキは私たちの視線に気づくこともなく、森人族の美女との出会いを夢見て、一人ニヤニヤと笑っていた。