​私の言葉を聞いたアレスは、少し照れくさそうに目をそらし、赤くなった頬をポリポリと掻いた。

その仕草に、彼の不器用な優しさがにじみ出ているようで、私は心が温かくなるのを感じた。

​「き、聞きたかったことはそれだけだ。あとは、何かあったら呼んでくれ」

​「うん」

​アレスは私に背を向けて部屋を出て行こうとする。

その背中に、安堵のような、少しだけ寂しいような気持ちを覚えた時、彼は急に立ち止まった。

何かを思い出したように半分だけ振り返り、口を開く。

​「一つ言い忘れてた。ソフィア、二日後の夜は空けといてくれ」

​「……どうして?」

​思わず首を傾げた私に、アレスは「仕事だ」とだけ言い残し、説明もないまま足早に部屋を出て行ってしまった。

彼の行動はあまりにも唐突で、私は呆然と目を瞬かせた。

​一瞬の出来事だった。

彼の背中が見えなくなると、私の胸にじわじわと怒りがこみ上げてきた。体を小刻みに震わせながら、私は拳を握りしめる。

​「仕事って、いったい何のよ!」

​私の叫び声は、誰もいない部屋にむなしく響き、行き場のない苛立ちが全身を駆け巡った。

​☆ ☆ ☆

​そして二日後の夜――

​夜空には、まるで世界中の宝石を散りばめたかのように、満天の星が広がっている。

その美しい光景とは裏腹に、私の心は一点の曇りもない空とは対照的に、どしゃぶりの雨が降っているかのようだった。

私は胸の前で腕を組み、テトと一緒に学校の校門前に立っている。

​昨日の夜、ムニンを通じて集合時間が伝えられた。

アレスが指定した時間は夜の十時。十分前行動が基本の私は、言われた通りに九時五十分にはここに来て、アレスを待っている。

きちんと時間を守ることで、彼に余計な心配をかけさせないようにしたかったのだ。

なのに……。

​「遅い……」

​集合時間から三十分が経過している。アレスが来る気配は全くない。

時間も場所も指定してきたのはアレス自身なのに、どうしてこんなにも待たせるのだろうか。

私の苛立ちは、一分一秒ごとに増していく。

目を細め、夜の闇に溶け込む道をじっと見つめるが、人影は一つも見えない。

​風が時折、木々の葉を揺らし、カサカサと音を立てる。

遠くの街灯がぼんやりと道を照らしているが、アレスの姿はどこにも見えなかった。

もしかして、あいつは来るのを忘れてしまったのか? ありえないとは思うけれど、そう考えてしまうほど、時間はただ虚しく過ぎていくばかりだった。

​「アレスたち、来ないわね。どうしたのかしら?」

​私の右肩に乗ったテトは、呑気に毛繕いをしている。

左右に揺れる尻尾が、ぺちぺちと私の頬に当たる。

その度に、私の心には小さな波紋が広がり、怒りが少しずつ膨らんでいく。

私はこのまま、ここでずっと待っているのだろうか。