☆ ☆ ☆

「ソフィアの存在は、あいつらにだけは絶対に知られてはならないのよ」

​学校の屋根に上がり、私はひとり、青空を見上げて呟いた。

​「だって、奴らは『黒い粒子』を恐れて魔人族を滅ぼしたんだから」

​表向きは人間族が魔人族を滅ぼしたことになっている。

だがそれは、魔法協会が裏で人間族を操っていた事実を隠すためのカモフラージュに過ぎない。

もし魔人族と人間族の戦争に魔法協会が関わっていたと知れば、竜人族は迷わず奴らを襲っただろう。

​魔法協会はそれを避けるため、人間族を盾にして高みの見物を決め込んだのだ。きっと、人間族に魔人族を滅ぼすよう声明を出したのも、奴らの仕業に違いない。

​それにしても、数年前に屋敷を襲ってきたあの集団は何だったのだろう。

もしかして、魔法協会はすでにソフィアの存在を嗅ぎつけ、密かに殺そうとしたのだろうか?

そして今は、静観しているとでもいうの?

​「……情報が足りないわね」

​ソフィアを本気で守るなら、アレスの傍に魔剣の存在は不可欠だ。

今はカレンが一本持っていてくれる。戦力としては申し分ない。

​しかし、今の彼女は……本当にあの氷結の力を使いこなせているのだろうか?

​あの時、魔人ソフィアと戦っていたカレンを見て、私は彼女の勝利を確信していた。

なのに、彼女は魔剣サファイアにヒビを入れられ、あっけなく敗北してしまった。

​その光景に目を疑い、同時に彼女の力に疑問を抱いた。

​だが、彼女が魔剣サファイアに選ばれた子であることは間違いない。だからこそ、その力に疑念を抱かずにはいられないのだ。


「お願い……この子を……助けてください!」

​激しい嵐の夜、あの屋敷の前に立つ一人の女性の姿が脳裏に蘇る。

全身を血で染め、震える腕に抱かれていたのは、まだ幼いソフィアだった。

私は金色の瞳を細め、その光景をまぶたの裏に焼き付ける。

​「任せておきなさい。私たちの娘は、私が命に代えても守り抜いてみせる」

​あの夜、交わした誓い。あなたとの約束は、何があっても必ず守る。

​だからどうか、天からソフィアのことを見守っていてほしい。

​あの子が成長していく姿を。

​私に負けないくらい、強く、強く生きていく姿を……。

☆ ☆ ☆

テトと別れ、俺は食堂に戻ってきた。

​入り口で足を止め、カレンたちと食事を楽しむソフィアの姿を静かに見つめる。

ミッシェルやロキも一緒だ。

笑い声が届くほどではないが、遠目に見ても、彼女はただの普通の女の子にしか見えない。

​魔人族の生き残りだとしても、この場所では、みんなと同じように魔法を学び、友人と談笑している。

時には息抜きに街へ出かけたり、喧嘩をしては仲直りしたりもする。その営みは、魔人族であろうと、俺たち人間族であろうと、何一つ変わりはない。

ソフィアも同じだ。魔人の力を宿していても、彼女は一人の人間だ。

​もしこの先、彼女の秘密を知った誰かが現れて、この場所からソフィアを追い出そうとするなら――その時は、俺が必ず彼女の味方になる。

​もし、魔人の力に飲み込まれそうになったら――その時は、俺がお前の手を掴み、引き上げてやる。

​たった一人の大切な【ソフィア】という存在を、誰にも消させたりはしない。

​そう、胸に固く誓った俺は、静かに食堂の中へと足を踏み入れた。