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食堂を抜け出した俺は、人目につかない場所へと足早に向かった。静寂に包まれた中庭で、周囲に誰もいないことを確認してから、声をひそめて口を開く。

「誰もいないぞ、出てこいよ」

俺の声に応えるように、近くの植え込みからテトがひょこっと顔を出した。

彼女の瞳が、じっと俺を見つめている。

「私がついて来てたの、よくわかったわね」

テトは不機嫌そうに言いながら、軽やかに俺の肩に飛び乗ってきた。

漆黒の尻尾が左右に揺れ、柔らかい毛先が俺の頬をくすぐる。

「一応、周囲の気配には気を配っているからな。それより、俺に話があるんだろ?」

テトは、ソフィアから聞き出したばかりのことを、堰を切ったように話し始めた。

「ソフィアが言ってたこと、聞いてた?体がすごく軽くなったって」

「ああ、聞いてた。だが、信じられねぇよ……」

俺は近くのベンチに腰を下ろし、深く考え込んだ。

昨日までのソフィアの様子が脳裏によみがえる。

顔色が悪く、立つことさえままならないほどだった。いつもなら、あの状態から回復するにはあと数日はかかるはずだ。

それが、たった一晩で完璧に回復している。しかも、これまで感じたことがない、体中の魔力が満ちていくような感覚。いったい何が起こったというんだ?

「昨日まであんなに辛そうだったのに、一晩でこんなにも回復するなんて、尋常じゃないだろ……」

まさか、魔人族の血が働いたのか? 眠っている間にソフィアが無意識に、血に流れる特殊な魔力に呼びかけ自己修復を促した、とか。

「あなたの方が、私より治癒魔法に関しては詳しいでしょ?」

テトは俺の考えを見透かすように、鋭い視線を向ける。

「それはそうだけど……治癒魔法とソフィアの件は別だ」

俺が治癒魔法を得意とするのは、カレンから教わった知識のおかげだ。簡単な傷を癒すことはできても、高度な治癒魔法は使えない。ましてや、ソフィアの持つ魔人族の血に秘められた力など、推測の域を出ない。

「あの子、夢を見たって言ってたわよ」

「夢?」

俺はテトの言葉に、思わず顔を上げた。

「どんな夢かは聞いていないけど、すごく心地よくて温かい夢だったって。そして、その夢を見てから、体が軽くなったらしいわ」

温かくて心地よい夢……。

それが、ソフィアの驚異的な回復にどう関係しているのか? 理屈が通らない。

だが、それが彼女の身に起こった唯一の手がかりだ。