☆ ☆ ☆
「だからって、それが全部お前のせいだと思うのは間違いだ。お前は何もしていない。生まれて来なければよかったなんて思うな。だってお前は、スカーレットとフォルから望まれて生まれてきた子なんだから」
ブラッドさんの言葉を思い出しながら、僕は一人で遺跡の最も高い場所にちょこんと座っていた。足元は闇に包まれ、夜空に浮かぶ冷たい月だけが僕を照らしている。
「母上と親父から望まれて生まれてきた……か」
そう小さく呟き、僕は黄緑色の瞳を細めて視線を下げる。遠くに見える村の宴の灯りは、僕の孤独を際立たせるだけだった。
脳裏には、親父の厳格な横顔と、母上の柔らかな微笑みが鮮明に浮かんだ。
ブラッドさんのおかげで、僕は親父の真の気持ちを知る事ができた。僕を突き放していたと思っていた親父が、実は別の形で僕を想っていたこと。
でも、それはブラッドさんの口から聞くんじゃなくて、直接親父の口から聞くべき言葉だったんだ。それが何よりも、僕の心を重くした。きっとこの島に来なければ、僕はこのまま一生、親父の事を誤解したまま、憎しみを抱えて生きていたと思う。
ブラッドさんに会わなければ、親父の気持ちを知ろうなんて最後まで思わなかっただろう。いくら自分が何も知らなかったとは言え、僕はもっとちゃんと周りを見るべきだったんだ。
もっと親父の状況や、母上の様子に気を配っていれば、何かが変わっていたかもしれない。親父の心に巣食っていた苦しみや、母上の秘めた願いにだって、気づけていたかもしれない。 でも……今更そう思っても、全てが遅すぎる。
だってもう、母上はこの世にはいない。
親父にだって四十年もの間、まともに会っていない。
いや……違う。会えないんじゃない。本当は、どんな顔をして会えば良いのか、分からないだけなんだ。
長年の誤解と、親父を恨み続けた自分自身への後悔が、僕の足を重く縛り付けていた。
「あら、こんなところに居たのね」
突然、背後から聞き慣れた、柔らかな声が響いた。
「……テト?」
振り向くと、テトがいつもの黒猫の姿のままそこにちょこんと座っていた。月明かりに照らされた毛並みが、夜の闇に浮かんでいる。
そんな彼女の姿を横目で見ながら、僕は再び月へと目を戻した。
どうしてテトはここに来たんだ? 今は村で宴が行われているはずなのに。
「あなたっていつも一人で考えたい時は、こうして高いところに登って月を見上げていたわね。だからきっと、ここに居るだろうと思ったのよ」
「……そうかな?」
僕が月を見上げながら考え事をするのは、きっと母上が僕に言ってくれた言葉が影響していると思う。母はいつも、「月はあなたを見守っている」と言っていた。
月を見ていると心が落ち着くし、散らばった考えもまとまるから、だから僕は一人で考えたい時は、時々こうして月を見上げているんだ。 テトは、僕のそんな癖を知っている数少ない仲の一人だ。
「こうして月を見ていると、本当にあなたの瞳のように温かい光を放っていると思うわね」
その言葉に、僕はテトへと目を移す。そして、ずっと気になっていたことを問いかけた。
「テトは知っていたのか? 僕に月の精霊が付いているって」
「さあね。でも初めてあなたと会った時は、凄く特別な子だとは思ったわよ。その黄緑色の瞳も、まるで月光をそのまま閉じ込めたみたいだったし」
「……っ」
やっぱり彼女は知っていたのだろう。
僕に月の精霊が付いていることに。でも彼女はそれを、あえて僕に言わなかった。
それは僕を思っての配慮だったのか、それとも何か別の意図があったのか……。
「ま、とりあえず私から今のあなたに言えることは、潔くお父さんに会いに行くことだけね」
テトはぴしゃりと、核心を突く。
「……どんな顔をして会いに行けば良いって言うんだよ? 僕は親父の言葉からじゃなくて、他人の口から色んなことを知ってしまった。それが良かったのか……それを知ってしまったから、会いに行くことで何かが変わるのか……分からなくて、怖くて」
「別にそんな深く考えることもないんじゃないかしら?」
「えっ……」
テトはそう言うと、ふわっと光に包まれた。一瞬で、元の美しい人間の姿へと変わる。そしてその手のひらに、僕の体をそっとすくい上げた。
月明かりによって、彼女の黒髪は一層輝きを増している。その黄金の瞳に、不安げな僕の小さな姿がはっきりと映り込んでいた。
「だからって、それが全部お前のせいだと思うのは間違いだ。お前は何もしていない。生まれて来なければよかったなんて思うな。だってお前は、スカーレットとフォルから望まれて生まれてきた子なんだから」
ブラッドさんの言葉を思い出しながら、僕は一人で遺跡の最も高い場所にちょこんと座っていた。足元は闇に包まれ、夜空に浮かぶ冷たい月だけが僕を照らしている。
「母上と親父から望まれて生まれてきた……か」
そう小さく呟き、僕は黄緑色の瞳を細めて視線を下げる。遠くに見える村の宴の灯りは、僕の孤独を際立たせるだけだった。
脳裏には、親父の厳格な横顔と、母上の柔らかな微笑みが鮮明に浮かんだ。
ブラッドさんのおかげで、僕は親父の真の気持ちを知る事ができた。僕を突き放していたと思っていた親父が、実は別の形で僕を想っていたこと。
でも、それはブラッドさんの口から聞くんじゃなくて、直接親父の口から聞くべき言葉だったんだ。それが何よりも、僕の心を重くした。きっとこの島に来なければ、僕はこのまま一生、親父の事を誤解したまま、憎しみを抱えて生きていたと思う。
ブラッドさんに会わなければ、親父の気持ちを知ろうなんて最後まで思わなかっただろう。いくら自分が何も知らなかったとは言え、僕はもっとちゃんと周りを見るべきだったんだ。
もっと親父の状況や、母上の様子に気を配っていれば、何かが変わっていたかもしれない。親父の心に巣食っていた苦しみや、母上の秘めた願いにだって、気づけていたかもしれない。 でも……今更そう思っても、全てが遅すぎる。
だってもう、母上はこの世にはいない。
親父にだって四十年もの間、まともに会っていない。
いや……違う。会えないんじゃない。本当は、どんな顔をして会えば良いのか、分からないだけなんだ。
長年の誤解と、親父を恨み続けた自分自身への後悔が、僕の足を重く縛り付けていた。
「あら、こんなところに居たのね」
突然、背後から聞き慣れた、柔らかな声が響いた。
「……テト?」
振り向くと、テトがいつもの黒猫の姿のままそこにちょこんと座っていた。月明かりに照らされた毛並みが、夜の闇に浮かんでいる。
そんな彼女の姿を横目で見ながら、僕は再び月へと目を戻した。
どうしてテトはここに来たんだ? 今は村で宴が行われているはずなのに。
「あなたっていつも一人で考えたい時は、こうして高いところに登って月を見上げていたわね。だからきっと、ここに居るだろうと思ったのよ」
「……そうかな?」
僕が月を見上げながら考え事をするのは、きっと母上が僕に言ってくれた言葉が影響していると思う。母はいつも、「月はあなたを見守っている」と言っていた。
月を見ていると心が落ち着くし、散らばった考えもまとまるから、だから僕は一人で考えたい時は、時々こうして月を見上げているんだ。 テトは、僕のそんな癖を知っている数少ない仲の一人だ。
「こうして月を見ていると、本当にあなたの瞳のように温かい光を放っていると思うわね」
その言葉に、僕はテトへと目を移す。そして、ずっと気になっていたことを問いかけた。
「テトは知っていたのか? 僕に月の精霊が付いているって」
「さあね。でも初めてあなたと会った時は、凄く特別な子だとは思ったわよ。その黄緑色の瞳も、まるで月光をそのまま閉じ込めたみたいだったし」
「……っ」
やっぱり彼女は知っていたのだろう。
僕に月の精霊が付いていることに。でも彼女はそれを、あえて僕に言わなかった。
それは僕を思っての配慮だったのか、それとも何か別の意図があったのか……。
「ま、とりあえず私から今のあなたに言えることは、潔くお父さんに会いに行くことだけね」
テトはぴしゃりと、核心を突く。
「……どんな顔をして会いに行けば良いって言うんだよ? 僕は親父の言葉からじゃなくて、他人の口から色んなことを知ってしまった。それが良かったのか……それを知ってしまったから、会いに行くことで何かが変わるのか……分からなくて、怖くて」
「別にそんな深く考えることもないんじゃないかしら?」
「えっ……」
テトはそう言うと、ふわっと光に包まれた。一瞬で、元の美しい人間の姿へと変わる。そしてその手のひらに、僕の体をそっとすくい上げた。
月明かりによって、彼女の黒髪は一層輝きを増している。その黄金の瞳に、不安げな僕の小さな姿がはっきりと映り込んでいた。


