俺は硬く目を閉じ、深く息を吐いた。オフィーリアの決断は、あまりにも犠牲的で残酷な愛だった。

「忘却の魔法を使われた時……俺は、全てを失った。あの時、確かに俺はオフィーリアという大切な人を失ったはずなのに、それが誰だったのか、どんな顔をしていたのか、何も思い出せなかったんだ。ただ、胸の奥だけが張り裂けそうなほど痛くて……」

俺は、月明かりの下で手のひらに握りしめていた翡翠石を、カレンに見えるように少し開いて見せた。

「唯一残されたのが、この守護石だった。俺の記憶から消える直前に、彼女が俺の手に握らせた物だ。記憶がないはずなのに、この石を見るたびに、俺は言いようのない喪失感と、激しい怒りに駆られた」  

俺の記憶からオフィーリアが消えても、この石と心の痛みだけが彼女の存在を証明していたんだ。

「記憶から彼女が消えていた頃の自分を、俺は今でも許す事が出来ないでいる……」

俺は唇を噛みしめた。忘却の魔法がなければ。もっと早くに思い出して居れば、もっと早く彼女に出会う事が出来ていたらと、何度後悔しただろうか。数えきれない夜、その疑問が俺を苛んだ。

しかし、何度後悔し続けたって死んだ者が帰って来るわけでもなかった。

「オフィーリアは死んだ、俺のせいで。……俺は彼女との約束を……破ってしまった」  

俺は「必ず守る」と彼女に約束した。命を懸けて、彼女の盾になると誓った。

しかし、その約束を俺は果たすことが……出来なかった。彼女は俺を守るために、自ら犠牲になった。その事実が、鎖のように俺の心を縛り付けている。

「だから俺は、彼女がやり残したことを引き継いだんだ」  

オフィーリアはどの守護者たちよりも、みんなが早く揃って、「エアと守護者たちの約束」が果たされることを望んでいた。

だから俺は彼女に代わって、必ずその使命を果たすと彼女の魂に誓ったのだ。

「それが……先生の、最大の目的なんですか?」

カレンは、俺の重い決意を前にか細い声で尋ねた。

「そうだな。それが、俺が生き続ける理由であり、俺の使命だからな」  

そう言って俺は、夜空の星々を静かに見上げた。

俺の言葉を聞いたカレンの目尻に、一筋の涙が滲んだ。それはやがて頬を伝い、夜の闇に吸い込まれていく。

「先生……私はようやく、サファイアに認められました。だから今度は、先生の側で力になってあげることが、出来るんです!」

彼女の瞳は涙で潤んでいたが、決意の光を宿していた。

「……カレン」  

カレンが俺のために強くなろうと、サファイアに認められようと必死に頑張っていたのは知っていた。彼女の純粋な想い、そして俺に向けられている気持ちにだって、気づかないほど鈍感ではない。

でも……だからこそ。

「カレン。悪いが……お前をこの旅に同行させるつもりはない」  

俺の放った冷たい拒絶の言葉に、カレンは目を丸くして立ち尽くした。

「確かにお前はサファイアに認められて、氷結の力を使って、あの黒い粒子の侵食を抑えてくれた。そのことは感謝しているし、凄いとも思っている」

「だ、だったらどうして!  私には力があるのに……!」

カレンは悲痛な声を上げた。

「カレン。俺からお前に一つだけ命令しておく」  

俺は目を細め、感情を押し殺した厳しい視線でカレンに言った。

「もう二度と、氷結の力を使おうとするな」

「……えっ」

「氷結の力はお前の命を削って発動するものだ。連発し続ければ、お前の命はないんだ」

俺は、オフィーリアに続いてもう二度と誰かを失う過ちを犯したくなかった。

「そ、そんなこと関係ありません! 先生の役に立てるなら、私は死んだって構いません!」

「カレン!」  

俺は怒鳴るように彼女の名前を呼んだ。オフィーリアと同じことを、俺の前で言うなと叫びたかった。