俺は、カレンの隣で深呼吸をした。そして遠い過去を呼び起こすように、ゆっくりと口を開いた。

「彼女の名前は――オフィーリア」  

その名前を言ったと同時に、まるで彼女の魂がこの場にいるかのように、強い潮風が俺たちの髪をそっと撫で、夜の闇へと通り過ぎていった。

「彼女……オフィーリアは、「エアの末裔」と呼ばれる者たちの、最後の生き残りだった」

「……最後の生き残り?」

カレンは驚きのあまり、瞳を大きく見開いた。そのランタンの小さな灯りが、彼女の困惑した顔を照らす。

「エアの末裔は代々、星の涙(ステラ・ラルム)と呼ばれる宝石を守ってきた。その星の涙は、膨大な魔力を秘めた雫でもあって、エアがその身に宿していた雫だったんだ。それをある強力な集団が狙ってきて、彼女を除くエアの末裔たちは、一夜にして皆殺しにされたんだ」  

俺はその悲劇を語りながらも、表情には深い怒りを滲ませる。その姿を横目で見ながら、カレンは息を詰まらせ言葉を失っていた。

「そして、たった一人残ったオフィーリアは、魔剣であるレーツェルと共に、魔剣の行方と守護者を集める孤独な旅に出たんだ。その中で彼女は、信じた人間に裏切られるという裏切りと絶望を何度か味わった。そのせいで、彼女は心底から人を信じることを恐れてしまっていた。それでも、たった一人で星の涙を守りながら、旅を続けていた彼女は……俺と出会った」  

そこで俺は、彼女と初めて出会った時のことを思い出し自嘲気味に苦笑した。

「先生?」

「いや……ちょっとな」  

出会いは、お互いに最悪だったと言える。彼女は俺の好みの外見だったが、二度と会うことはないと思っていたし、絶対に好きになるとは思っていなかった。

だが……。

「彼女と出会って、行動を共にして、一緒に生活をしていく内に……俺は、オフィーリアの抱える孤独を知った。そして、彼女を心の底から守りたいと思うようになっていった。だから俺は、オフィーリアが抱えていた星の涙を守るという使命に、自ら首を突っ込んだ」  

俺は拳に力を込め、目を細めた。あの時の無力感と後悔が今も鮮明に蘇る。

「でも……そんな俺を、オフィーリアは遠ざけた」

「えっ……オフィーリア様を守ろうとしたのに、どうして?」

「彼女は、忘却(オブリヴィオン)の魔法を使って、俺の記憶の中から、自分の記憶を消し去った。そして彼女は、俺を守るために自ら敵の手の中へと落ちたんだ」

「そんな……」

カレンはショックで、思わず立ち上がりかけた。

「なぜオフィーリアがそんな事をしたのか、理由は簡単だった。それは……俺を愛していたからだった。俺が彼女の敵を追い続けることで、命を危険に晒すことを望まなかった。俺を守るために、彼女は自らの存在を俺の記憶から消してまで、敵の元へと行ったんだ」