☆ ☆ ☆
「はあ……」
深い底から絞り出すようなため息が、冷たい夜風に吸い込まれて消えた。
「久々に飲む酒は上手いな。味が、やけに……濃い」
俺は誰もいない岬の先端、岩がむき出しになった場所に腰を下ろし、ザハラから受け取った酒が入った革袋を傾ける。
口に広がるのは、強いアルコールの刺激と仄かな甘み。それは今夜の祝祭の喧騒から逃れてきた俺にとって、唯一の慰めだった。
夜空には、煌々と輝く満月。その光は、遠く広がる黒い海に銀色の軌跡を描き出し、俺の足元まで照らしている。
「ここから見える海も絶景だな。この静けさが、何もかもを忘れさせてくれそうだ。……いや、忘れさせないためにここにいるのか」
そう呟いて、俺は酒を喉に流し込む。彼女に見せたい場所リスト——もし、彼女が生きていれば。
その「もし」という仮定が、鋭い刃物のように胸を抉る。
「……エーデルが言ってたよ。生まれた子竜の名付け親に、お前になってほしいんだってさ」
誰もいない夜の海に向かって、俺は話し続ける。それは、まるで今も彼女がこの世界のどこかにいて、耳を傾けてくれているかのような、叶わぬ願いに基づく行為だった。
革袋を岩の上に置き、俺は両手を空に伸ばす。
そのうちの一方で、首から下げている翡翠石のペンダントをゆっくりと握りしめる。冷たい石の感触が、手のひらに僅かな温もりを呼び戻す。
「今日初めて出産って物に立ち会った。人間の出産とは違う、命の生まれる瞬間を見たんだ。とてもじゃないが、二度と御免だと思ったよ。凄まじい生命の力だった」
そんな、つい先ほどの出来事を、少し顔を緩めて語る。まるで、日常の報告をしているかのように。
「……なぁ、オフィーリア」
名前を呼ぶ。その響きだけで、胸が熱くなり目の奥がジンとする。
「もし、お前が生きていたら。俺たちにもあの賑やかな村の誰かのように、子供という存在はあったのかな? お前は……どんな顔をしていたんだろうな……」
脳裏に、彼女の屈託のない笑顔が過る。その記憶が鮮明であればあるほど、今の現実が残酷なほど冷たい。俺は翡翠石を掴む手に、骨がきしむほど力を込めた。
「最近になってさ、本当におかしいくらい、お前と過ごした短い時間のことばかり思い出すんだ。もう何年も前のことだって言うのに……あの時の笑い声や肌の温度まで、昨日のことのように鮮明によみがえる」
俺の言葉に返事をくれるのは、遠くで砕ける波の音だけ。
しかし……それでも、この感情を言葉にして外に出す必要があった。
言葉にせず、この胸に留め続ければ――きっと、この場で狂ってしまいそうだった!
俺のために、自らの全てを投げ打って死んだ彼女――
そして、その愛しい彼女を最後まで守りきれなかった自分自身への、どうしようもない、燃えるような怒りを思い出すたび、俺は何度も、この冷たい岩の上で膝を抱え、獣のように声を上げて叫びたい衝動に駆られた。
「はあ……」
深い底から絞り出すようなため息が、冷たい夜風に吸い込まれて消えた。
「久々に飲む酒は上手いな。味が、やけに……濃い」
俺は誰もいない岬の先端、岩がむき出しになった場所に腰を下ろし、ザハラから受け取った酒が入った革袋を傾ける。
口に広がるのは、強いアルコールの刺激と仄かな甘み。それは今夜の祝祭の喧騒から逃れてきた俺にとって、唯一の慰めだった。
夜空には、煌々と輝く満月。その光は、遠く広がる黒い海に銀色の軌跡を描き出し、俺の足元まで照らしている。
「ここから見える海も絶景だな。この静けさが、何もかもを忘れさせてくれそうだ。……いや、忘れさせないためにここにいるのか」
そう呟いて、俺は酒を喉に流し込む。彼女に見せたい場所リスト——もし、彼女が生きていれば。
その「もし」という仮定が、鋭い刃物のように胸を抉る。
「……エーデルが言ってたよ。生まれた子竜の名付け親に、お前になってほしいんだってさ」
誰もいない夜の海に向かって、俺は話し続ける。それは、まるで今も彼女がこの世界のどこかにいて、耳を傾けてくれているかのような、叶わぬ願いに基づく行為だった。
革袋を岩の上に置き、俺は両手を空に伸ばす。
そのうちの一方で、首から下げている翡翠石のペンダントをゆっくりと握りしめる。冷たい石の感触が、手のひらに僅かな温もりを呼び戻す。
「今日初めて出産って物に立ち会った。人間の出産とは違う、命の生まれる瞬間を見たんだ。とてもじゃないが、二度と御免だと思ったよ。凄まじい生命の力だった」
そんな、つい先ほどの出来事を、少し顔を緩めて語る。まるで、日常の報告をしているかのように。
「……なぁ、オフィーリア」
名前を呼ぶ。その響きだけで、胸が熱くなり目の奥がジンとする。
「もし、お前が生きていたら。俺たちにもあの賑やかな村の誰かのように、子供という存在はあったのかな? お前は……どんな顔をしていたんだろうな……」
脳裏に、彼女の屈託のない笑顔が過る。その記憶が鮮明であればあるほど、今の現実が残酷なほど冷たい。俺は翡翠石を掴む手に、骨がきしむほど力を込めた。
「最近になってさ、本当におかしいくらい、お前と過ごした短い時間のことばかり思い出すんだ。もう何年も前のことだって言うのに……あの時の笑い声や肌の温度まで、昨日のことのように鮮明によみがえる」
俺の言葉に返事をくれるのは、遠くで砕ける波の音だけ。
しかし……それでも、この感情を言葉にして外に出す必要があった。
言葉にせず、この胸に留め続ければ――きっと、この場で狂ってしまいそうだった!
俺のために、自らの全てを投げ打って死んだ彼女――
そして、その愛しい彼女を最後まで守りきれなかった自分自身への、どうしようもない、燃えるような怒りを思い出すたび、俺は何度も、この冷たい岩の上で膝を抱え、獣のように声を上げて叫びたい衝動に駆られた。


