「あ、あなたもしかして」

ソフィアはエクレールさんの顔をまじまじと、深く覗きこんだ。その瞳には、懐かしさと戸惑いが複雑に混じり合っている。

「あの……エルさん? ですか?」

その言葉は、疑問形というよりも確信に近い囁きだった。

「……」

ソフィアの口から出た「エル」という響きに、エクレールさんは動きを止め、驚きと期待が入り混じった表情で目を瞬かせた。

しかし次の瞬間、彼女の顔は堰を切ったように喜びで満たされた。それは長年探していた宝物を見つけたかのような、純粋で圧倒的な歓喜だった。

「あらあら、まあまあ! その通りなのですよ。わたくしはエルなのです」

エクレールさんは嬉しさに破顔し、その笑顔からは、実際に花が舞い散る様子こそ見えないものの、まるで周囲に幸福な光の粒子を振り撒いているかのような華やかさがあった。

俺はソフィアの隣に座り込みその耳元に顔を寄せて尋ねた。

「どうしてエ「エルさん」って呼んだんだ? まさか知っていたのか?」

ソフィアは困ったように首を傾げる。

「それが自分でもどうしてか分からないんだけど、エクレールさんの顔を見ていたら、頭の中に「エル」という二文字が浮かび上がってきたの。それで、反射的に口に出ちゃって……」

反射的に……か。

「良いのですよ、わたくしはとても嬉しいのです。そう呼んでくれてもわたくしは構いません」

エクレールさんは、感激のあまり涙ぐみそうな表情で、再びギュッとソフィアの体を、優しく強く抱きしめた。その抱擁は、過去の再会を祝うかのような切実なものだった。

するとソフィアは、何か重い荷を下ろしたかのように安堵の息を漏らし、抵抗することなく、すべてを預けるかのようにその身を彼女の胸へと委ねていた。彼女にとって「エル」という名前は、本能的な安心感を与えるものだったのかもしれない。

そんな二人の穏やかな姿にようやく安心した俺は、顔を上げ村の広がる賑やかな宴の方へと目を向けた。

村の中心にある噴水の周りでは、火を囲むようにして竜人族の女性たちが、子竜の誕生を祝う伝統的な舞を情熱的に踊っている。それに合わせて、男性たちが叩く太鼓や、笛、弦楽器を使った演奏が力強く鳴り響き、夜空へと響き渡っていた。

アルさんとレーツェルさんは、村人たちに混ざって互いに笑い合っている。サファイアは、騒ぎの中心からは少し距離を置き、大きな木に背中を預けて胸の前で腕を組んでいた。

すべてが満たされ、喜びにあふれた光景。その中で俺は、ふとこの場にいるはずのブラッドさんとカレンの姿が、どこにも見当たらない事に気がついた。

「あれ?」

あの二人がこの場にいない? そしてテトの姿も見当たらない。

「アレス。どうかしたの?」

ソフィアが、抱擁を解いて心配そうに俺を見上げた。

「いや……」

二人の行方は気になる。

しかし、テトは騒がしい場所を嫌うから、どこか静かな場所で寛いでいるのかもしれない。ブラッドさんとカレンも、ただ疲れて休んでいるだけだろう。

そう思った俺は、ソフィアの不安を取り除くように、優しく微笑み返したのだった。